内部分裂
寒気のする空間を抜けると、ジャングルの蒸し暑さが戻ってきた。
暑いと思えば寒くなり、そして気づけばまた暑くなる。
これで本当にちゃんと進めているのかどうか、インが項垂れながら問いかける。
この質問に答えたのはレイだ。曰はく、一般的な見下ろす形の不思議なダンジョンと比べ、VRは進めているのか分かりにくい。
今が何階層なのかといった表示は出ない。次の場所に行くまでこの状態が続くため、気力との勝負になるのが特徴的なんだとか。
代り映えのしない光景。木を伝う魔物の狂騒はまるで夏場のセミの如くイン達の体力を削っていく。
しいて利点を上げるとするならば、序盤の階層だけあって魔物は大して強くない事位だろうか。
「アンちゃんそっち! 左から来てるよウデちゃん。上だよアンちゃん! ウデちゃんはあそこのクモの巣に投げて!」
ジャングルは自分たちのフィールドだと言わんばかりにインが輝いていた。
少し離れた距離からインが二匹に指示を下す。攻撃も回避も木を伝い立法的に動き回る。
その身のこなしたるや、ニ匹の背中に目が生えたかのような動きであった。
次々とサルや果実のような魔物を打破していく。正しく絶好調、それでもなおインは油断しなかった。僅かな背後の音を聞き逃さない。
「私の後ろにいるよミミちゃん! 掴んだらすぐ近くの木に投げて! レイさんはスリーさんをお願いします」
「人は見かけによらないな」
ミミの投げたクモは勢いよく木に叩きつけられた。クモはなおも立ち上がる。しかし木の葉から姿を現した何十もの小さなアリに噛み千切られていく。
鎧のような茶色の毛も群がられては意味をなさない。そこには残酷な自然の摂理が広がっていた。
敵の敵は味方。その言葉を体現するかのように、アリ、クモ、ヤスデとインは他の虫の習性を利用して戦っていた。
ダンジョンは魔物との戦闘だけではない。宝を手に入れるのもまた楽しみの一つだ。
戦闘が終わると、隅々まで探索をしたい派のスリーが活躍する。
木陰の裏、滝の中や後ろ。ひいては木の上をサルにでも成り切ったかのように登攀していく。
「もうないですって!」
「いいや、絶対ある。この辺に……ほら見た事か!」
注意深く周囲を探っていたスリーは僅かに盛り上がった土を掘り起こす。そして泡が内包された見た目の石を発見し、掲げてみせた。
「それが何か役に立つんですか?」
何か特別そうな石なのは分かりますけどとインは石を指す。それにスリーは石を大事そうに小脇に抱え、高笑いする。
「未来にな。虫には到底分からないよ」
「アイテム欄圧迫しませんか?」
「するから集めてるんだろ。そんな事も分からないのか?」
鼻で歌うスリーの手から泡の石が消えていく。そしてもう石に興味は無いとばかりに「いつまで立ってんだよ」と言い放ち歩き出す。
「……前後が繋がってない」
「ああいう奴だ。気にするだけ無駄だ」
スリーの横暴な態度をどう気にしなければいいのか。不可能に近い難題である。
出口を見つけるまでの行動は迅速であった。スリーは内側にある懐から見覚えのある玉を取り出した。
「まさか!」
スリーの次の行動を察したインはすぐにアンとウデを輝石に戻した。レイにも閃光が来ると告げ、両手で自分の目を覆い隠す。
通り過ぎる熱を感じながらインは思う。なぜいきなり閃光を放つのかと。
スリーならいたずらでやる事も考えられる。しかしいたずらだとしても戦力をそぐような事は考えにくい。
俊光が霧のように宙を漂う。インが顔を上げた先に映っていたのは、目元に白い膜を張っていたスリーだった。
スリーは馬鹿にしたような面持ちになる。
「おいおい。魔道具も無限じゃないんだが? ちゃんと見ろよ」
「何を見ろって言うんですか!」
「出口だってことくらい分かるだろ?」
スリーが語るには閃光を放ち、常に暗い出口を炙り出そうとしたのだという。
実際、さっきの階層も同じようにして出口に辿り着いたらしい。
そんな光があっただろうかとインは記憶の海を辿る。しかしひとつとして思い当たる節は無い。
それでも事前に使うと告知するくらいはいいじゃないですかとインは突っかかる。
「虫に現を抜かしてるから目が悪くなったんじゃないのか?」
嫌な笑みを浮かべてスリーが煽る。
「その辺にしろ」
険悪な空気を断ち切るような声でレイが一喝する。二人を交互に見たレイは叱りつけるように続ける。
「インは頭に血が上りすぎだ。もっと冷静に物事を考えろ。スリーはさっきから何を目の敵にしてる。俺たちはお前のように目を保護できる魔道具を持ってないんだぞ」
「なら私が探すしかないな。その辺で――」
「ミミちゃんが出口を見つけたそうです」
唐突に地中から伸びる青い触手がインの頬をぺちぺちと叩いた。くすぐったいと頬を綻ばせるイン。
案内してくれとレイ。その後ろでスリーは顔から感情を無くし、そっと手元の玉を握り締めた。
「ここからは役割分担しよう」
五回目の出口を抜けた時、スリーは「少し話がある」と前置きを入れてからそう進言した。
「なんでですか?」
「そっちの方が無駄だからな」
効率的ではなく無駄。果たしてどういう意味だろうか。訳が分からずインは助けを求めるようにアンとウデに視線を送る。
解説するようにスリーは指は一本立て、注目を集めてから口を開く。
「いいか? 私の閃光玉も無限じゃない。そして虫にも同じく、出口を捜せる奴がいる」
戦闘時にも使う閃光玉を出口の為に使うのは中々効率的だ。だがそんな効率的な事をしなくてもミミがいる。
ミミならば時間がかかるし、見た目が気持ち悪いし、弱いが閃光玉以下の活躍ができる。それならわざわざそんな効率的な事をする必要ない。
それに虫以外なら一人でも戦える力を持っている。魔物にやられることは無いだろう。だから手分けして宝探しをしようという魂胆らしい。
インの雰囲気が変わったのを気にしていないか。それとも気づいていないだけなのか。スリーは自慢げに胸を逸らして説明する。
「素材なんかどこにあるんですか~」
「おいおいお前の目は複眼か? その辺にいっぱい散らばってるじゃないか。虫が。あいつらは素材の塊といっても過言じゃないからな」
「へぇ~、そうなんですか~」
スリーの逆なでは止まらない。そのせいかインの喋り方が若干ピジョンっぽくなっていく。
アンとウデもかなりイラついているのだろう。二匹とも威嚇どころか今にも飛び掛かりそうな勢いだ。
「だからお前は虫を狩って魔石を手に入れてこい」
「……分かりました。お断りします」
「そうかそうか。……はっ?」
インはそれだけ告げるとレイへ視線を移す。
「単独行動には賛成します。もうこの人とは付き合いきれませんので」
「……だろうな。俺も単独行動には賛成だ」
レイはそう言うと近くから木の棒を拾ってきた。土に四角形を描き、それを三等分に割る。
「出口を見つけ次第ここに集合だ。イン、ミミを貸してくれるか? あいつで連絡を取り合いたい」
レイの指示通りインは腕に巻かれた触手を揺らし、ミミを呼び出した。
その後の作戦はこうだ。出口探しは引き続きミミも一緒に行う。そして青い触手を各々の腕に巻き、何かあればそれで落ち合おうという形で進行していく。
本来危険な単独行動でも、これなら生存確率を底上げできる。
だがこれに異を唱える者がいた。そうスリーだ。
「私には魔法がある。この程度の魔物で死ぬものか」
そう言ったスリーは自慢げに首から提げたペンダントを掲げてみせた。
恐らく何かを言ったところでスリーが意見を曲げることは無いだろう。このままでは埒が明かない。
レイもそう判断したのだろう。ただ吐き捨てるように「分かった」と了承した。
「では解散だ」
「なら最後に私から。虫ちゃん達は見つけても手を出さなければ大丈夫です」
「留めておこう」
踵を返して三人が背を向け合う。誰かが止めることもなくそれぞれ歩き出した。
空は能天気なまでに雲一つなき青空を晒す。分裂したチームはそれぞれ、鬱蒼とした森へ消えていった。
木と表現しましたが正確にはアカシアですね。
この場で一番かわいそうなのは喧嘩する女子二人に挟まれたレイだと思う今日この頃。
ドロドロしていないからましですけどね




