ジャングル
二人と解散した後、杏子はゲームから抜け出した。夕食の時間ではよほど楽しみにしているのか、悠斗とほむらが次のイベントについて華を咲かせていた。
今回運営は何か隠している。スリーの残した言葉が粘着するかのように杏子の脳から離れない。インの箸が停止する。
(もっと準備をしておいた方が良いのかな?)
そもそもが話し、ダンジョン自体が杏子にとって初めてだ。何が違うのか。隠しているとして何を隠しているのか分からない。
悩んでていても仕方ない。こういう時はまず経験者に聞いてみる。
盛り上がる二人に対して杏子はあくまで根底に関わりそうな部分に触れない程度に「今回のイベントなんだけど」と切り出した。
「そういやおねぇは初めてだよね!」
頼られたからだろうか。ほむらは花のような笑顔を浮かべ上機嫌に口を開く。
最初からそう来ることは分かっていたのだろう。その前に悠斗がほむらの頭を小突く。
「最初の頃を忘れたのか?」
「少しくらいならいいじゃん!」
ほむらは悠斗に顔を近づけ抗議する。頑なにうんと頷かないのを見ると、すぐに「あくまで少しだけ」と手を合わせて懇願する。
もはやどっちがイベントについて尋ねているのかさっぱりな状況だ。それほどなまでに頼られたいのだろう。仕方なしとでも言いたげに息を吐いた悠斗は「本当に少しだけだぞ」と食事に戻るよう促した。
「……未来でも見えているのかな?」
食事を終えた後、杏子はVRギアを被り、ベッドに転がり込む。すぐに夜の草原へと駆け出し、三匹に守ってもらいながらスリーから貰った書類に目を通していた。
早速一ページ目をめくると中央に【暇人共に相談するとかまさかしないよな、虫?】と一文が。
大切な兄弟を暇人共と称されたことについて、インは若干の苛立つ。
(ここで怒ったら思うつぼ)
あくまで平常心、平常心とインは次のページを開く。
するとそこにもまた【虫けらにも分かる。虫けらの為のダンジョン攻略】とインの心中を逆なでする文章。
(シュレッターにかけたい)
最初、貰った時は途中から見た事を既に後悔していた。持ち手がくしゃりと書類の一端を握りつぶす。
それでも途中途中の記載は間違いなく役に立つものだろう。ここまで来たら一字一句見逃すかの精神でインは書類と長きに渡るにらめっこを開始した。
「おいおい! 寝んなよ虫!」
「まぁ、無理すんなよ」
イベント当日、多くのプレイヤー達がエルミナ教会付近に集まっていた。
一度に集まると何十万もの人数が集まる為、イベントは数回に分けて行われる。事前に決めたパーティで登録し、合う時間を登録する形だ。
事実、この会場には数万ものプレイヤーで溢れかえり、熱気に包まれていた。あくびをするインとは正反対である。
どう考えても最初から飛ばされていた方が楽なのに。そうインは虫たち寄り添い慰めてもらいながら考えていた。
「おい虫! こういう形式の時はなんだ?」
「……みんなが集まってやるタイプではない。そうですね」
「当たりだ! ちゃんと予習はしてきたみたいだな」
機嫌がいいのかニヤリとスリーは笑う。
予習も何もすべての形式を頭に叩き込むようにと書類を渡してきたのは誰なのか。
負けたくない一心と途中から疑問の赴くままに読んでいたら徹夜していた。しかもイベントは次の日だったため一睡もしていない。
顔と肩をゾンビのように垂れ下げたイン。その目は完全に虫の居所が悪くなっていた。
「ホントに無理はしなくていいからな」
「大丈夫です。絶対にあの人を倒しますので」
「敵はダンジョンの魔物だからな?」
心配そうな声をかけるレイをよそに空中にウィンドウが開かれた。人型の影が映し出され、一声かけ、プレイヤー達の注目を全て掻っ攫っていった。
「これよりイベントを開始する」
男性とも女性の声とも似つかない無機質な声。
だがプレイヤー達は波打つように一層盛り上がる。強靭な腕を回す者、準備運動を始める者、持ち物チェックを始める者。
三者三葉の反応を見せるプレイヤーをしり目にウィンドウは役目を終えたとばかりに切断された。
すると突如、光が地面から浮かび上がる。地鳴りと共に地面が光の線でなぞられていく。
光が終わったとかと思えば、続いて白い鍵が上空からゆっくりと降下。最後に浮かび上がった鍵穴にハマりカチャリと鍵開け音を鳴らした。
それでプレイヤーの高揚感は頂点に達したのだろう。開け放たれると我先に飛び込んでいく。
「掃除機?」
頭が回らなくなっていたインは現状況をそんな風に例えた。アホと化したインに変な目を向けるスリーとレイ。
門の下に広がる階段の先は底なしのように闇が広がっていた。先に降りた人の声は途絶えたかのように聞こえない。
スリーは帽子のつばを掴みニヤリと笑う。レイもクールそうに振舞っているが、その目は探求心に溢れていた。
そしてインはといえば、暗闇とならば普段であれば恐怖の感情が溢れる頃だろう。だが不思議と最初に訪れたのは「教会に出現して迷惑じゃないのかな?」という的外れすぎる疑問であった。
これにはアンとウデも問題視し始めたのだろう。起きろとでも言いたげにインの頬をぺちぺちと叩く。
「さて」
気にするそぶりを見せずスリーは飛び込み、レイも後を追う。
「アンちゃん、ウデちゃんはどう思う?」
インの脳に謎の浮遊感が襲っていた。うつらうつらとする瞼。
そんなインの質問にアンとウデは互いに頷き、数歩離れるという形で返した。それもダンジョンからだ。
そして助走をつけたかと思えばその勢いのままインに体当たり。無理やりにでもインを階段から突き落とす。
今度は物理的な浮遊感。アンとウデも主人の後追うかのように飛び込んだ。
遠ざかる光。それはまるで地獄の口へと誘われるかのようであった。
「――し! おい虫!」
聞き覚えのある声にインの意識が覚醒する。起き上がりと当時に何かがインの頭に直撃した。頭を押さえ、若干涙になりつつインが前を見る。
そこには同じように頭を押さえるスリーの姿。そのすぐ近くでレイが体を震わせながらそっと顔を逸らしていた。
同じく涙目になりながら拳を上げてスリーが抗議する。
「起き上がるなら起き上がると言え!」
「ご、ごめんなさい! それよりここは?」
インの目に映るのは出口以外何もない空間であった。敷き詰められた灰色の床と壁。それ以外は本当に何もない。
差し詰めほむらと悠斗が好きで見る映画の研究所のようだ。インとスリー、そしてレイ。この場にいるのは三人だけ。
アンとウデはまたいない。鬼気迫る表情でインがアイテム欄を開くと、ニ匹の輝石がそこにあった。
今回はやられた判定ではない。その事でひとまず胸を撫でおろした。次に呼び寄せようとするも反応しない。この部屋はそういう仕様になっているのだろう。
そう事前に学んでいたインはさっさとここから抜け出そうとするスリーについていく。
部屋から抜ける直前、ビリッと静電気のような物を感じながら。
イン達が抜けた先はジャングルであった。独特な大木が感覚を無視して無造作に生えそろい、サルなどの動物や虫の音がどこからともなく届いてくる。近くからは滝のように雄々しく流れる水が水面を叩く音。
そして下に潜ったはずなのに遥か頭上にはなぜか太陽があった。しかも蒸し暑い。不思議と汗は出ない物の額を腕で擦るイン。
文字通り世界が違った。
「ダンジョンってこんな感じなんですか?」
「当たり前だろ。これが普通だ」
スリーは目的地どころか地図すらないのに先を行こうとする。行く当てがあるのかと思えばそんな物は無いようだ。
冷静にインはレイへと目を向ける。
「この場合は階段でしたっけ?」
「木々の間って事もある」
「闇雲に歩くのは余計危険じゃないですか!」
インの一言にスリーが立ち止まった。そして「適当に歩けば何か見つかる。私の感がそう囁いている」と言い指で来いと指図する。
「とりあえず話し合いましょう。体力を奪われる方が厄介です」
「同感だ。お前ひとりで見つけてこい」
「そうかよ。もし何か見つけても教えないからな!」
頑固を通り越して最早あほなのではないだろうか。スリーはインとレイの説得を完全無視。本当にひとりで突き進み、姿を消していった。
「最初に何を捜します?」
どこから手を付ければよい物か。インはそうレイに問いかける。
事前の書類では一見広大に見える土地でも行ける範囲が限られていると記されていた。つまりはこのジャングルも部屋のように壁があるのだ。
ならそれを捜すのが先決なのは間違いない。が問題なのはそれがどこにあるかだ。
階段なら分かりやすい。しかしさっきレイの言っていた通り木々の間であれば。目印がなければ探すのは困難と言える。
「その周辺は基本的に地形がおかしくなっていることが多い。光っていたり、逆に不自然なほど暗くなっていたりな」
「なるほどですね。ミミちゃんでてきて!」
インの声に応じ、取り出した輝石からミミが登場する。
遥か先の光すら届かない深海のように青く、それでいて大木にも負けない天高く立つその巨体。
ミミは太陽へと軟体な背を伸ばし、そしてすぐ嫌がるように地中へと潜っていく。
やがて一本だけ触手がずぼっと地面から生え、インの手首に絡みついた。
インが挨拶するように触手をフニフニと握る。ミミも喜んでいるのかインの肘部分にまで触手を伸ばしていく。
「…………大丈夫か?」
「何がですか?」
「ああいや。何でもない」
インが小首を傾ける。これにレイは逃げるように数歩インから離れていった。
「ミミちゃん。光がおかしくなっている場所を探してきてほしいんだけどいいかな?」
伸ばした触手を良いよとでも言いたげにゆらゆら揺らす。今一度インが触手を握ると、腕から離れ地中深くへと潜っていった。
「ミミちゃん可愛いですよね」
インはにかっと純粋無垢な笑顔を晒す。その笑みは本当に何も知らないとばかりに輝いていた。
そしてすぐにインは「けどファイ、妹とお兄ちゃんは止めろって言うんですよ。ピジョンちゃんも嫌がりますし。不思議ですよね?」とレイへ共感を求めた。
「……ノーコメントだ」
それだけ残しレイは目を逸らす。近くの飛び出た岩に腰を下ろし、遠い目でスリーのいなくなった方角を見つめていた。
「見つけたようです!」
たった数分足らずでインの腕に青い触手が絡みついた。本当なのかとでも言いたげにレイは岩から降りる。
ミミに案内されるまま向かって行くと、不思議な空間がイン達を待っていた。
正体が分からない霧とでも表現した方が良いだろうか。
太陽がかざせない場所は無さそうな一帯に漂う陰とした空気。インの体は冷水をかけられたかのように急速に体温を奪われていった。
周囲でうるさいほど聞こえていた音が完全に遮断された。そのすぐ近くには出口であると強調するかの如く黒光りする木々。
まるで闇を操る妖怪がどこかへ潜んでいるかの如くだ。
いつもの経験からインはいつでも応戦できるよう体勢を取る。
「まさかあいつより速いとはな」
「なんでこの辺だけ不自然なんでしょうかね?」
「さてな。言えるのはボスはいないって事だ」
「これでボスいないんですか!?」
どう考えてもこれボスが出てくる流れだとインは目を見開く。しかしレイが言うにはこれが出口普通なのだという。
紛らわしいのは分かるがこうでもしないと出口が分からない。ひとつひとつヒント無しで虱潰しをするよりかはマシだとレイは言う。
「正解音とかにした方が良いんじゃないですか?」
「俺に言われても知らん。運営に――」
「お前らなんでここにいんだよ!」
茂みの揺れる音が聞こえたかと思えばスリーがひょっこりと姿を現した。
「ミミちゃんが教えてくれました」
「ミミちゃん? ふん。いいのか? そんなのんびりしていて。今にもボスが」
「出ないんですよね」
腕を組んでご高説を垂れようとしていたスリーがそのまま口を閉ざした。そして無言で睨め付けるようにレイへと視線を映した。
レイは知らんとでも言いたげに「来たなら行くぞ」と木々の間に入っていく。スリーも「次こそ勝つ。首を風呂に沈めとけ!」と負け惜しみを吐くように続いた。
「見つけたのはミミちゃんなのにね」
インはもう一度ミミの頭を撫でてから木々に入っていった。
小説にあるようなVRが布教したらどうなるか。まずもうひとつの世界ができて子供は家に引きこもる。運動不足に陥り、脳は一日を3日~1週間と認識させられ、ゲーム内で夜になったからとVRを取り外したら外はまだ朝方という。
現実の時間の方が早いため、少しでも長く遊ぼうとゲームにすぐ潜り込む。1年が3年から7年という年月になり、5才児でも精神年齢は小学6年生と同じになる。
現実の時間を疎かにするならともかく、周りもVRを使うようになったらさぁどうなるか。続きはとある映画にて……な~んて。
……怖くね?(建前) ロリママ量産できるやん!!(本音)




