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レポート

 

 最初の部屋に戻る途中、インは自分の両頬を叩いて気分を入れ替える。マーロンはというと一度工房に引っ込み、そして何かを布に来るんで戻ってきた。


「こういうの久しぶりだったからちょっと失敗しちゃったわ」


 マーロンは「ごめんなさいね」と少々申し訳なさげに布へ手をやる。そして宝箱が開かれるように現れたのは陽光を全反射する緑の刀身。

 柄は違和感ない様な茶色のグラデーション。それは土葉が一体化したようであった。


 放心するイン。しかしマーロンはこれで終わらない。刀身を裏返すとアン、ミミ、ウデがそれぞれ白青黒と三者三様に掘られていたのだ。

 これにはインも言葉を失った。ようやくか細い声を絞り出し「こ、これ」と指を向ける。それにマーロンはいたずらな笑みではなく苦笑を返した。


「インちゃんだけ入りきらなくて」


「い、いえそうじゃなくて……これ」


 インが頼んだのは手に入れた手に入れた【悪鬼の鎌】から新しい武器を創る事ができないかどうかであった。

 その際に鎌からできるからカマキリと同じ色でとは注文した。だがそこまでだった。それがまさか仲間まで掘ってくれるとは思っても見なかった。

 インにとって自分はどうでもよかった。ただ仲間達がいてくれればそれで。だからこそ足で床を叩くアンとウデを諫めた。

 興奮を隠しきれずインは「持ってみてもいいでしょうか」と問いかける。それにマーロンは「もちろん」とニッコリ笑顔で握らせた。


「おおぉ! おっ!?」


 直後、ガツンと店中に金属音が鳴り響く。新しい武器をインが手に取ったと同時、刃が緑の曲線を描いて重力のままに床へ突撃したのだ。

 一呼吸を置いてインは両手で柄を握る。足に踏ん張りを付けて何としてでも持ち上げようと試みるもダメ。剣は求愛するかのように床から離れない。

 インの息が荒くなる。それどころか手も限界になってきた。助けてくださいとインの眼差しにマーロンは少し口を引くつかせる。


「もしかしてまだ筋力初期値?」


「恥ずかしながら」


 マーロンの言う通りインの筋力は未だ1だ。これはいわば初心者用の剣ですらほとんど持ち上がらない筋力であった。

 マーロンはインの手から剣を取る。ようやく助けられたインはふぅと息を漏らした。


「戦闘はみんながやってくれましたので」


 そう言いつつインはアンとウデ、そして輝石越しにミミに慈愛の表情で優しく撫でる。その答えに慌てた様子でマーロンは緑の剣を掲げて見せた。


「これを持つのに最低筋力20は必要よ。誰が持つの?」


 確認してみてもインのSPは現在10も無い。レベルアップしたその先から運に全振りしているせいだ。装備するのにも今からでは到底不可能だろう。

 だがインは諦めてなどいない。その希望はアンのアビリティにあった。


「【筋力増加】を手に入れられれば」


「多分それ無理だと思うわよ」


 しかしその希望をマーロンは容赦なく砕く。

 マーロン曰はく、【筋力増加】の取得条件は自分の筋力から大きくかけ離れた物を使う事だ。

 テイムされた魔物の取得条件は知らないが、今のところ人限定で分かっているのはそのような感じらしい。

 ここでインは先ほど最低筋力について質問する。

 それというのも最低筋力というのは剣の効果を十分に発揮するのに必要な数値なのだという。

 振り回すだけならもう少し小さい値でも問題は無い。そこから【筋力増加】で練習する人もいるくらいだとマーロンは言う。

 ただそもそもが持ち上がらないのであれば振り回すのは当然不可能。ようはインが使う事ができないのが良く分かった。

 マーロンが持つ緑の剣。インから見てそれは、自分の持ち手にふさわしい人物かどうかを見定めるようであった。




「ひとまずこれはミミちゃんに持たせます」


 インはアンとウデに手伝ってもらいながらも新しい武器をしまい込んだ。二匹の筋力は流石というほかなく剣は余裕で持ちあがった。

 作業を終えたニ匹を流石とインは褒めちぎる。それにアンとウデはまんざらでもなさそうに跳ね回る。

 次にマーロンが質問したのは名前をどうするかだ。幸いにも名前に関してはアイテム欄からでも決めることはできる。

 これもインはカマキリや仲間達をイメージして【アワジス】と命名した。単純にみんなの名前から一文字取っただけである。


【アワジス】


 悪鬼の鎌から新しく作られた呪いの剣。

 5%の確率で斬られた相手はその生涯を終えることだろう。*ボスや一部敵には無効。

 装備者の攻撃力を65上昇させる。


「……攻撃力って何?」


 魔物の剣といい魔法といい、今まで筋力換算だったはず。なのにいきなり現れた攻撃力。

 いや流石のインにも攻撃力が意味する言葉は分かっていた。この剣で斬りつけるたびにダメージが上がるのは。

 ただ今まで目にしたことがなかっただけ。魔物の剣を見比べても未だに筋力が11増加すると書かれているのみ。


「それね、所有者の筋力と剣が持つ攻撃力って別れているのよ。効果、威力アップとかはアビリティと魔物のLV依存。魔法系、防御系も同じようにしかり」


 そこから魔物の剣については敵から落とす剣からしか生まれないからこのままでもいいんじゃない。みたいな感じで運営から修正されていないみたいだとインは説明を受ける。


「じゃあ魔物の剣を持って【アワジス】を持ったらどうなりますか?」


 その問いはマーロンですら考えたことがなかったようだ。ブツブツと何やら壊れた機械のように何か難しい事を呟き始めた。


「……ちょっと待って。本来二刀流に必要なのは二つの剣を持つのに必要な筋力の合計。けど片方が必要とする筋力は無く、逆に上げるものだったとしたら。マイナスになるのかしら。それとも先に持てないと判定? いやけどインちゃんの場合、元々の筋力値が低いから」


 インがもしもしと手を振って見ても反応は無い。そして次第に議題はなぜ装備すると逆に筋力が上がるのかという観点に映っていったようだ。

 ダンベルを持っている状態なら車を持ち上げられるのはおかしいだろうともう何が何だかさっぱりの領域。

 それこそここゲームの中という奴だろう。


「それじゃあ私はこれで! 失礼しました!」


 置いてけぼりにされた挙句完全にもう収拾がつかない。インはそう判断してマーロンに頭を下げた。

 代金は分からないので持っているフォンのほとんどをカウンターに。虫たちを引き連れてインが店を飛び出した。

 別次元に飛んでしまったようでそれにマーロンは気にした様子も無い。

 その後、魔法使いの呪文と思しき不気味な言葉と狂ったような鉄を打つ音に多くの道行く人は店から遠ざかっていくのだった。




 空はすっかり天国への街道の如く黄昏に彩られていた。多くの人達が夕飯やこれからのイベントで盛り上がる。陽光は彼らを優しく天使の慈愛で照らしていた。

 そんな顔色を変えず晴れ渡る空とは対照的なのがインだ。まるで鎖でもついているのかと思うほど重い足取りで噴水へ向かって行く。

 その落ち込みよう足るや、普段はインの肩に乗るアンとウデも地面を歩くほどである。


 しかし当然足は動いていれば噴水の水の跳ねる音が聞こえてくるもので。そこにはスリーのほかにもうひとり男の子らしき人物が立っていた。


「お、おまっ! お前ひとりかよ! あっはは! 人望無さ過ぎんだろ!」


 スリーは噴水のふちを叩いて腹をよじらせる。それがさらにインへの錘を継ぎ足した。


「ぐぅの根も出ないです」


「おいおい! 私がいてよかったな! お前今頃イベントに参加できなかったぞ!」


 人に指を指すなと教わらなかったのか。恨みがましい目でスリーを睨みつけるイン。そこに思わぬ助け舟が流れた。


「お前も人の事は言えないだろ」


 隣にいる運動部のような雰囲気を出す男の子だ。

 恰好は魔法使いとも剣士にも見えない。どちらかといえば昼休みの校庭でスポーツでもしていそうなほど動きやすそうな格好だ。

 髪型も実にボブショートとかなりボーイッシュ。

 その男の子は大きく手を振りかぶったかと思えばスリーの頭を軽く一発引っ叩く。そしてやれやれとでも言いたげに腰に手を当てため息をついた。


「えっとそのインです。で、こっちが――」


「聞いているよ。アンとウデとミミ。虫エルフとか虫王女とか…………ネタとか言われている奴だろ。オレはレイ。見ての通りだ」


 レイの印象はやはり不愛想を抜け切れていない。だがスリーよりかはまともそうだ。インが「よろしくお願いします」と頭を下げる。するとレイも同じように返した。

 スリーの連れてきた人がまともで幾分かインの表情も柔らかくなる。そこでようやくスリーが本題を切り出した。


「お前ら今回のイベントについて詳しく知ってるか?」


「ダンジョン探索ですよね」


 そうだとスリーは指を何本か上げる。


「まずお前がどうしようもない初心者だという事で最初に説明しとくと、ダンジョンといっても一概にひとつとは言えない」


 そこでとスリーは少し厚い紙束を取り出した。

 インにも配られたので覗いてみると、そこには今までゲーム内のイベントでやったダンジョンレポートと綴られている。


「環境変化型、迷宮型、謎解き型、不思議のダンジョン形式、虫にも分かりやすく言うと入ってきた入り口が消えるタイプな。他には特殊条件で開く型やトラップが至る所に設置してある型などだ」


「もしかしてこれ……」


「ああ、その全てがそこに書かれてある。ほかの奴らに見せんなよ。ソロ、ペア、パーティ、マルチと別れていたりするんだからな」


 お宝の取り分が減るだろと何でもないように言うスリー。

 しかしインは分かる。ここにどれほどの努力が詰まっているのかを。

 見やすいフォント、ちょうど良い文字の配置、分かりやすいよう外枠に解説、さらに図や簡略な絵まで。

 普段であれば小難しかったり、訳が分からなくなりそうな事でもすんなり頭に入ってくる。

 それほどなまでに今までの生意気なスリーの印象とは違う大学生も真っ青なレポートだった。

 それをこうもあっさりと嫌っていたはずのインに渡す度量。何を企んでいるのかという疑惑半分、驚き半分の眼差しでスリーを見る。


「これまたえぐいな」


「無駄を楽しんだ者勝ちってな」


「いやいや私にもくれるんですかこれ!」


「当たり前だ。正直お前は足手纏いなんだよ。それがあれば予習くらいはできるだろ?」


 アンとウデが体勢低くスリーを睨みつける。それに感づいてか一言多いとレイはスリーを叩いた。


「こいつの言う事は気にすんな」


「いえそうではなくて。これ全部スリーさんが?」


「効率って言葉が嫌いなんだよこいつは」


 途中で活字を読むのが嫌なのか、目を通す事すらなくレイはレポートをしまった。それをスリーは咎める様子はない。スルーを決め込んでいる。


「虫もそれは後で目を通せ。とりあえずこれだけ伝えて今日は解散な」


 他にも予定があるしとスリーはインにもレポートをしまうように急かす。情報の詰まった紙束は宙へと消える。

 それを見届けた後スリーはぐるりと見渡した。そして集まるように手話を使い肩を組まない円陣を作った。

 もう一度スリーはインとレイの顔を見た。そして図ったかのように今一度大きく噴水が水を舞い上げる。小さな音を余裕でかき消す噴水音の中、スリーはニヤケ顔で口を開いた。


「今回運営は何か隠している」


 そういえば今日の午前中はフールですね。まぁ普段から嘘はついているのでこれといった話はありませんがそうですね。ピンク色のカマキリがいるらしいですね。それはそれは綺麗な桜色で春の化身みたいな虫です。美しいと残酷な自然を表しているかのようなハナカマキリという名らしいです。……もちろん嘘ですよ?

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