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ある夏。 雨、煙る午後。

作者: 荒ら島さん

雨に濡れた女性は美しい。

 この日は雨でした。




 乾いた地面を潤すように、慈しむように、しっとりと降り注ぐ、優しい雨でした。


 真っ黒く染まったアスファルト。 匂い立つ夏の臭い。



 路地に面した裏庭の縁側で、ぼんやりとそこから見える景色を眺めます。 枯れかけた紫陽花は、雨を喜んでいるようでした。




 人影が、ぽつりとひとつ。




 雨に濡れた長い髪、か細く折れてしまいそうな身体。



『濡れちゃいますよ?』




 振り返ったその人は、にっこりと笑って言いました。



「えぇ、降られちゃいましたね」



 びしょ濡れが絵になる女性でした。


 何というか、艶やかでした。



『大丈夫ですか?』



 じぃ、と見つめてしまいました。 失礼な事をしたと思います。


 でも、見つめてしまいました。


 見惚れていた。 の方が正しいかもしれません。



 目が離せないんです。


 水煙に紛れて、次の瞬間消えてしまいそうな雰囲気でしたから。


「優しい人なんですか?」



『いえいえ、普通な人ですよ』


 優しいなんてとんでもないです。 ごく一般的な、おじさん一歩手前の売れない物書きです。



「降られたくは無かったんですが」


 ぼんやりと空を見上げて雨の人は言いました。



『傘を、持ち歩くべきだったみたいですね』



「傘をさしても降られると、濡れてしまいます。 特に頬なんかはびしょびしょです」



 髪をかきあげると形の良い眉と額が見えました。


『雨宿り、します? 暖かいお茶くらいなら多分出せますよ?』



「それでは汚れてしまいますよ?」



『ボロ屋ですが、拭く物くらいは有りますよ』



「それでは、失礼して」



 垣根の切れ目から裏庭に入り、縁側の前に立つ彼女はうっすらと笑みを浮かべていました。


 疲れているような、諦めたような、そんな笑みでした。


「すみません」


『お気になさらず』



 タオルを渡します。 薄い緑色の生地が、彼女の水分をどんどん吸っていきます。


 小さいタオルでしたから、拭いきれるかどうか少し不安でしたが、無事にその役目を果たし、用意していた洗面器に入れられました。


 雨の匂いに混じり、彼女の匂いらしき甘い匂いが、洗面器の中で濡れそぼったタオルから漂っています。


「お邪魔しますね?」


『なんのお構いも出来ませんが』


 来客用に少しだけ上等なお茶を用意します。


 戸棚を開けて『はて、お茶請けは何にようか』なんて考えていると縁側からなにやら私を呼ぶ声がしました。


「お構いして下さるようですが、良いのですか?」



『何がですか?』



「下心がお有りだとしても、今の私には応えられませんよ?」


 そんなつもりは無いと思ってたんですが、こう言われてしまうと、少しだけ複雑な心境になります。


 彼女は美人ですから。


 そりゃあ、少しの期待は有りますよ。 僕は聖人君子、ではなく、成人男子、ですし。


『気を使わせたみたいですね。 大丈夫ですよ』


 少しの期待に比例して、少し残念なだけですし。



 えぇ、少しだけです。 神様に誓って。



「雨、止みましたね」



 お茶をのんで、カステラを食べて、少しだけお話をして。


 彼女をまた、寂しそうな笑みを浮かべて帰って行きます。



「ありがとうございました」


『いえいえ』


「あなたはいい人ですね。 降られた私に優しくして下さって」

『いつでもきて下さい』



「そんな事言って、本気にしますよ?」



『んー、今度は僕に雨が降って来ちゃいそうだ』

「あら、どーでしょうね。 貴方次第です」


『僕となら傘は不要ですが』


「検討しておきます」


『降られたくはないので、照る照る坊主を作るのが日課になりそうです』



女「ふふ、傷心につけ込むなんてずるいですよ?」



『そうでもしないとふられちゃいそうなので』


「またきますね」



『お待ちしてます』




終わり。


雨に濡れた女性って美しいな、て思って書きました。


あと、降られちゃいました、と振られちゃいました、をかけたかったのです。

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