千羽十訊「神楽剣舞のエアリアル」
千羽十訊「神楽剣舞のエアリアル」
地表がほぼなく、空に浮かんだ浮島が無数にある異世界メルバース。
その世界には、時折空間に穴が空き、別の世界から物や人が落ちてくる。それを調査する者たちを育成する学院がヴィーンゴルヴ学院だ。
別の世界――日本から落ちてきた青年、甲斐雪人はそこの学院生であり、少女、風夕と交わした約束を果たすために院外における調査団へ参加する。
その約束は、記憶喪失である風夕の記憶を取り戻す、ということ。
風夕もまた、雪人を元の世界に戻す協力をする約束をしている。
二人は約束を果たすべく、同じく学院生で試験を合格したフランツィスカ・バウマン、団長のクロと共に院外調査へと乗り出す。だが、その調査にはある陰謀が隠されていた。
襲い掛かる魔の手。奮戦する彼らは、やがて失われた英雄伝説へと近づいていく。
千羽十訊が奏でる、異世界異能ファンタジー。
この文章、まさに抜身の刃。
そう表現したくはなる作品であり、事実、GA文庫大賞〈優秀賞〉受賞という評価をされた作品ではあるが――正直な点を言えば、一部を除き、描写はあまり達者ではない。
キャラクターの背景や世界観なども作り込みが浅く、展開が急すぎてついていけない部分もある。
作品としての完成度はあまり高くないと言えるが、特筆すべき点の一つは雪人の持つ魔術にある。
この世界は、浮島という特性上、飛行魔術が主になる。その飛行をアシストし、さらに術者の強化を行うのが「霊殻魔術」である。これは扱う個々により性質が異なる。
雪人の持つ霊殻「毀翼の鴉」は魔力強化が少ない分、機動特化にされたもの。さらに、彼の魔術は「剣詠術」――剣を振るう軌跡が、そのまま術式となって魔術を発現させるものだ。
まさに、剣戟を主体にしたもの。彼の戦いは、全て剣術に基づいている。
その彼の戦闘シーンは、まさに剣舞である。踊るように、流れるように、剣の動きが流暢に描かれる。
比喩などの描写が限りなく少ない分、ストレートな表現で疾走感を伴う。
また、飛行することから三次元的な戦いも行われ、戦闘シーンに限っては実に多彩である。
そして、決め手となる「剣詠術」で行使される魔術は、地球上の剣の伝説の再現である。
正宗、村正、村雨――さまざまな剣の伝説が、雪人によって再現される。
それらが彼の剣の術理とかみ合い、まさしく神すらも楽しませる未知の剣術と昇華しているのだ。
繰り返し述べるならば、この文章がまさに抜身の刃なのだ。
剣戟などのアクションが好きな方であれば、是非ともお勧めしたい作品である。