北方謙三「楊家将」
これは、あまり知られていない、中国の歴史小説――。
中国を舞台にした、人気のある小説と言えば『三国志』や『水滸伝』であろう。しかし、中国人から多大な人気を寄せながら、日本ではあまり聞かれない小説がある。
その名は『楊家将演義』――1000年代の北宋王朝にあった、楊一族について語られた小説である。
楊一族は元は北漢に属しており、棟梁の楊業は侵攻する宋軍をたびたび苦戦させていた。だが、北漢は宋に降伏し、楊業は宋軍の将となる。
楊業は息子たちと共に、遼軍と戦うが、その激戦の末、息子たちはほとんどが討死。楊業もまた、自軍の潘仁美の私怨によって死地に追い込まれ、楊一族は敗北することになった。
生き残った楊業の六男、楊延昭はその遺志を継ぎ、一族の軍を率いて遼との熾烈な戦いに身を投じることになる。中国各地に残る、楊一族についての逸話をまとめ、一繋ぎの作品としたのが『楊家将演義』だ。
だが、この作品は各地に散らばる民間伝承を強引にまとめ上げたため、後半が史実とはかけ離れてしまい、駄作と化してしまった。これが、日本で流行しなかった最大の要因だと考えられる。
小説に、無駄な要素を詰め込みすぎると、元の作品が良くても駄作と化してしまう。いい例の一つと言えよう。
その『楊家将演義』を日本語の書籍として唯一書いた人物は、誰であろう、あの巨匠北方謙三氏である。
彼は楊家将演義の原典を読み、それを独自の解釈で、日本語の書籍として書き上げた。
その書こそ『楊家将』、そして続編にあたる『血涙』である。
原典と史実を元に書き起こした、楊業の北宋における一生が、克明に書きだされている。
北方謙三氏独特の、短い単語を並べ、疾走感を演出する書き方が、中国の猛将、楊業へ魂を吹き込んだかのように書き起こしている。悲しくも、覚悟を決めた男の生き様が、魂を震わせるのだ。
北方謙三氏は、広島大学助教授の加藤徹氏と会談した際、このように語ったという。
「私は、初めて『楊家将』の原典の翻訳を読んだとき、戦争をするためだけに生まれてきたのではないかと思える楊業という男に呼び止められ、書けと命じられているような気がしたんです」
はたして、北方氏によって書かれた楊業は、英雄の気概と共に、凄絶な覚悟を持って戦場を駆ける。
伝説の英霊は、北方謙三氏という書き手を、待ち望んでいたのかもしれないほどに。
英霊が宿り、魂を震わせる慟哭の物語。もっと、この作品が日本人に読まれることを、私は期待する。