村山由佳「天使の卵」
村山由佳「天使の卵」
美大を志望する青年、一本槍歩太は浪人生だ。進路について悩む、とある春の電車の中、彼は一人の女性に一目ぼれする。本来なら電車での偶然の出会い。
しかし、歩太の父が入院する病院で、二人は再会。その女性、五堂春妃は父の主治医の精神科医であることを知り、それも何の因果か、歩太の恋人、斉藤夏姫の実姉だったのだ。
だが、二人は出会いを重ね、会話を重ねるごとに惹かれ合い、歩太は春妃への想いを募っていく。
八歳差の恋愛。恋人の姉。医者と浪人生。さまざまな壁に、歩太は悩みながらそれでも前へ進む。
少年から大人に変わろうとする、若々しい恋心が如実に表され、それに狂おしいほど悩む心情は、心の芯に語りかけてくるほどリアルな描写で描かれる。
甘く、苦く、届かなくて、切ない。傍に、いたいのに――そんな気持ちが、伝わってくる小説なのだ。
村山由佳先生の作品は、心の芯を貫き通すような描写で、巧みに読者の心をわしづかみにし、翻弄する。
その中でも、彼女の初期の作品は、青春の淡い想いを存分に含んでいる。
どこか身勝手で、勢いのまま突き進んでしまうような、危うい恋心の描写だ。
2010年代になると、彼女の作品は大人の色を帯び、生々しく抉るような小説を描き、性の違いや価値観の違いの恋。適わぬ恋などを描いている。(代表作は『アダルトエデュケーション』)
それに至るまでの、彼女の魅力を凝縮した作品が『天使の卵』と言っても過言ではないと思える。
そして――この作品は、一つの本に終わらず、次へと繋がる。
『天使の梯子』『天使の棺』――時間を置いて執筆されたそれら。
それらは、時間と共に深まった重みと共に、歩太の想いが読者に問いかけを放ってくる。
また、時間を置いた後。年を取ってからもう一度、読みたくなる作品なのだ。