~~~民草譚話 佐吉編 完~~~
いかに気持ちが沈んでいても、村中がどれだけ悲しみに包まれていようと
時間は刻一刻と流れていき、とうとう出立の日を迎えた
村の入り口では既に各家に伝わる具足を身に着けた集団が出発の刻限を待っていた
各家に伝わるというものの、立派な具足を持っているものは居らず、ボロボロになった桶側胴と鉢金
それに何の飾りもない長槍といった出で立ちであった
先日啖呵をきっていた佐吉も例に漏れずボロボロの具足を身に纏い、いまかいまかと出立の刻を待っていた
その表情は周りの村人たちと比べても異質なぐらい鬼気迫るものがあった
「この戦で絶対に手柄を立ててやる。そして侍になるんだ。全ては…それからだ」
何かに祈るように呟く佐吉
女や子供、老人など戦力にならない者は村で皆の帰りを待つ
全員の無事を願いながら
領主の軍に合流するために近隣の町村から同じように徴兵された農民たちと合流しつつ先を急ぐ一行
大きな障害もなく無事1万人以上の規模となる本隊本隊と合流を果たした
佐吉達一行は本隊の要である騎馬隊の後方に配置され騎馬突撃を敢行した後、敵陣に切り込む手筈となった
「前線に配置されればその分手柄を立てる機会が増える。必ず手柄を立ててやる」
佐吉は周りに聞こえない程度の声音でブツブツと呟く
そして開戦の火蓋が切られた
合図とともに千人以上の騎馬隊が一斉に突撃を開始する
その後ろを佐吉達、農兵が死に物狂いで追い駆ける
一気に駆け抜け佐吉達を置いていく騎馬隊に向かい空気を切り裂くような甲高い音が戦場に鳴り響く
ひとたび鳴り始めたと思った瞬間、物凄い轟音と共に連続して音が空気を切り裂いていく
騎馬兵たちは混乱し、馬は恐慌し制御しきれていない
その為騎馬隊の近くまで追い縋った農兵の一部を踏み潰す
今だ空気を切り裂く音は止まない
手柄を立てるため、侍になる為にこの戦場に赴いた青年たちは
己の現状を把握することができないままその生涯を終えていた
ある者は脳天にまたある者は心の臓に突然穴が現れ、血液や脳髄をまき散らして倒れていく
今まで遭遇したことのない現象に農兵はおろか騎馬兵達も何が起きたのか理解できないまま次々と倒れていく
運が悪いものは腕や足に穴が開き、武器も持てなくなり歩くこともままならず痛みや恐れにて動くことができなくなり次第に穴の数が増えていき痛みや恐れから解放される
佐吉は周りで何が起きているのか全く理解できなかった
しかし手柄を立てるため、死と恐怖が蔓延する戦場を駆けた
その直後右腕が何かに後ろから引っ張られたように自分の進行方向とは別の方向に投げ出される
その衝撃で槍を落としてしまい、拾い上げようとするも右手の感覚が無くなっている事に気が付いた
自分の腕を見てみると大きな穴が開いている、そこからは血液が止め処無く溢れ出ている
そう認識した瞬間激しい痛みが佐吉を襲う
穴の開いた動かない腕を抱え込み、その痛みに耐えるため両膝を地に着き痛みに歪む顔をあげて原因を確認しようとした時、目の前に飛来する物体を見た
先程までは空気を切り裂くような音と共に目に見えぬ速度で周りの体に穴を開けていたものが今佐吉の目の前に迫ってきていた
よけなきゃ。よけて手柄をたてなきゃ。偉くなって強くならなきゃ。じゃなきゃ親父やお袋、兄貴達をなぶり殺したあいつ等に仕返しができない。
そう思いながらも体は一向に動かない
途端に目の前が真っ暗になり佐吉はただの物言わぬ骸となった
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「いかがだったでしょうか、一般的に有名な英雄達ではなく普通に生まれ普通に生きてきた青年が体験した争い。そこには英雄譚にあるような冒険も互いを高めあうような死闘も何も存在せず、ただ力のある者が力の無い者を滅ぼしていく。そんな時代のお話でございます。」
館の主人は続ける
「この戦に敗れた後、働き手と戦える者を一斉に無くした佐吉の村は野党に襲われ偶然村を離れていたものを除き全滅いたしました。佐吉達を徴兵した領主も戦に敗れ滅亡しました。今よりも過激で危険なそんな時代のありふれたお話でございます」
「それでは次の話に移りましょう」
館の主人はそう言って目録をパラパラとめくり始めた




