~~~民草譚話 佐吉編~~~
「ようこそいらっしゃいました
当館では史実に残ることのない方々の、口伝でごく少数にしか残されていない物語を取り扱っております」
顔をピエロのような仮面で覆ったこの館の主らしき人物がそう告げる
「さて、本日はどの物語をご所望でしょうか。特にご希望がないようでしたらいくつかある物語の中から順にご提供させていただきますが」
そう言って館の主はかなり大きなアルバムのようなものをパラパラとめくる
どうやら目録のようだ
どの物語から始めるか決めかねていた私は館の主が言う様に順番に出して貰う事にした
「それでは、本日ご提供させて頂く物語はこちらとなります」
「ちくしょう!何でこんな時期に戦なんて始めやがるんだ!」
ここは甲斐の国のとある村
村長の家にある囲炉裏を男達が囲んでいる
その中の一人、背の低い中年の男が声を張り上げて叫ぶ
「これ、そんな大きな声を出さんでも聞こえとる。
それに変な事聞かれでもしたら見せしめにされちまう」
一人だけ居る老人が中年を優しく窘める
「だが村長、あいつの言う通りこれから収穫って時に村の働き手を送りださにゃならんのはかなり厳しいぞ。年貢を下げてくれるわけでもあるめぇし」
集まりのなかで一際大きな体躯をしたもう一人の中年は村長と呼ばれた老人に言い寄る
「それに野盗に襲われた時の傷が癒えていない者も居る」
それに周りに居る者達が同意を示す
ある一人を除いて
「佐吉ぃ、おまえも何か言ったらどうだ」
唯一同意の意思を見せていない佐吉に対して背の低い中年は意見を求め、更に言葉を重ねる
「お前も戦に駆り出される歳になったんだ、他人事じゃ無いんだぞ。それにおまえの親兄弟は盗賊にやられちまってるじゃないか」
佐吉と呼ばれたどこにでも居そうな青年はどこか上の空で男達を眺めていた
そして口を開いたかと思えば
「俺は今度の戦で誰よりも手柄をたててやる。そんで侍に取り立ててもらうんだ。全てはそこからなんだ」
男達が驚きの表情で佐吉を見る
中には怒りを携えた眼で睨むものや憐れみの眼差しを向ける者も居る
傷が癒えていないのか顔を顰めながら事の成り行きを見守っている者も居る
「もうええ、佐吉。今日はもう家に帰ってろ」
何かを諦めた様に深い溜息を吐き大きな体躯の中年は佐吉に対し帰宅を促した
佐吉は顔色ひとつ変えること無く待つ者の居ない家に戻って行った
他の集まっていた男達も出兵命令に逆らえない事は理解しているのか、毒気を抜かれたようにトボトボと肩を落としてそれぞれ帰途につく
出兵する全員が生きて戻って来て、皆で平和に暮らせるよう願いながら
とっくに日が落ち、辺りは闇に包まれている
微かに雲の隙間から月の光が零れる
そんな暗闇のなか、佐吉は村の外れに位置する森の中に一人佇んでいた
その手に家に伝わるなんの変哲の無い長槍を携えて
槍の先には布が厚く巻かれていた
「俺が強くなって、手柄をたてて侍になりゃあんな盗賊どもなんて皆殺しにしてやる」
そう呟きながら一心不乱に目の前に聳え立つ巨木に槍を突き立てる
厚く布が巻かれているため、槍は巨木には刺さらず
佐吉は何度も何度も槍を振るう
まるでその巨木が村を襲った野盗であるかのように
やがて空が白み始めるまで槍を振り続けた
かなり長い時間振り続けたためか佐吉は地面にた折れ込むように横になった