蛇の妹
『 リンの妹 』
「リンに妹がいるって本当なの?」
ある日、自分の部屋でゆったりとしていたリンにぼくは暇になってやってきた。ぼくはゼン。元々ノアとして生きてきたものだ。
「……あ?」
リンの目は鋭い。
ぼくはびくっと震えるもあはは、と笑ってみせた。
リンはしばらくぼくを見ると俯いて固まってしまった。
あれ、地雷だったかな?
エマちゃんが、「リンさんって妹とかいるのかな?だってすごくお兄ちゃんっぽいんだもん!」なんて言うからぼくまで気になって、ついに聞いてみようと思ったんだから。
確かにあんな横暴で乱暴、危険な蛇がよくよく付き合ってみるとメンツの中で1番お兄ちゃん感が強いことに気がついた。
特にエマちゃんを可愛がっていて、まるで妹に接するような態度にぼく達は何度も驚かされている。
「……いた、んじゃねぇの。」
「……え?」
いたんじゃねぇの。
まるで、いたけれどいないことにしたいかのような口ぶりにぼくは目を丸くした。
「だから、……いたんじゃねえのって。」
「いたんだね。」
ぼくがそう言うとリンは目を見開かせてぼくを見るとまた固まった。
そして舌打ちをした。
「んで、そんなこと聞くんだよ?」
「……だって、ぼくたちはいろんな人がどんな家族がいて、どんな生活をしてきたのかとか、過去に何があったのかとか、曖昧で大雑把だとしても知ってるのに……皆、君のことは大雑把だとしても分からないんだもん。そんなの悲しくない?」
リンはわらった。それがぼくに対してなのか自分に対してなのかは分からなかった。
「悲しい?……知った方が悲しくなるだろ、追放された俺の話なんて。」
「知って受け止めたいんだ、悲しいなんて思えないよ。」
「俺が、家族を殺したとしても?」
ぼくは息をのんだ。
リンは笑いながら続けた。
「他人と家族を殺すなんてわけが違うんだろ。でもお前は優しいから、どっちを殺したって意味は同じたとでも言うんだろうな。」
「……家族を殺したの?」
「どうだかな。」
リンは自虐的に微笑んでいた。
やっぱり何を考えていて何が本音なのかわからない。掴めないひとだ。
「……まぁでも、妹がいたことには嘘はねえな。義の妹だけど。」
「血が繋がってなかったの?」
「おう、メデューサの娘。まだまだちっさい……エマくらいかな。」
だからエマを可愛がってるんだ。
兄として母性的なものが働いてしまうのも仕方ないのかなぁなんて少し微笑ましくなった。
「しかもメデューサなんだ。…石にされたりした?」
「はっ、まだまだちっちゃい女の子だぞ?ンなのまだまだだよ。」
リンが頬を染めて、兄らしい頬笑みを浮かべた。ぼくはそれを見て目を丸くした。
この、神からも恐れられた凶暴な蛇がこんな表情をつくることができるのか。
……蛇も、愛はあるのか。
胸がじわ、となにか温かいものに満たされていく。なんだか嬉しい。
「……どんな子だったの?妹さん。」
「ん?……俺とおんなじ真っ黒な髪と真っ赤な目で、すっげー目がくりくりしてんの。んで暖かくて、ちっちゃくて、いつも笑ってて……」
幸せそうに瞼を閉じて、まるで妹に語りかけるかのような優しい声色で話しているのを見て聞いて、ぼくは驚き嬉しくなって泣きそうになった。
こんな、いい人なんだ。
自分の妹にそんな愛が向けられるんだ。
それだけでもう、彼は根っからの悪人じゃないことが理解出来た。
「いたずら好きでさ、……ふふ。ずっと元気だったな。」
「……大好きなんだね、妹さん。」
リンは目を丸くした後、「おう。」と屈託のない笑みを浮かべた。
あぁ、今日はとんでもなく良いものが見れたな。
蛇のこんな顔、誰か見た事があるだろうか?
多分ないだろう。
彼はいつも泣きそうな鬱を含んだ表情を浮かべているから。確かにその表情もどこか憂いがあって美しく見えるが、やはりこんな笑顔が1番彼には似合う。
「……あんがとな、ゼン。」
「??どうして?」
「なんかすっげー、その、…いつも悪いことしか考えてなかったのに。こんな楽しい話が出来るなんてな。」
お前のおかげだよ。
そんなことを言われてぼくはもう限界で、ぎゅうっとリンに抱きついた。
「ぅおっ!?な、なんだよっ!」
真っ赤な顔になった彼を気にもとめずぼくは抱きしめる。
「……こっちこそありがと。」
「はぁ?」
「君のこと教えてくれて。」
「……。」
ぼくはふふっと微笑んだ。
「君のこともっと教えてね?」
すると照れ隠しか、ぼくの体を押して自分の身から離すと目線を逸らし真っ赤な顔で「そのうちな。」と言ってくれたんだ。