いい夢見れました?
「ハァ……つまんねぇ……」
俺の名前は捨谷 駒吉。どこにでもいる、青春を謳歌できていない学生だ。
今は昼休み。教室は騒がしくなっていて、周りはつまらない話を垂れ流しながら飯を食べている。
俺はいつも通り、携帯をいじりながら一人でパンを貪り食っている。
友達なんか一人もいない。家族にだって、いい顔をされない。オタク趣味を話せるのは、ネットで知り合った連中くらいのもの。
そう。どこにでもいそうな、負け組の人間だ。
飯も食い終わり、トイレに行こうと席を立つ。
幸い、俺はいじめられてたりはしない。何をしようが、目を向けられることすらない。
自由────の言葉で片付けるには大袈裟だが。
何をするにも一人な今の状態は、結構気に入っていたりする。
まぁ、俺がつまらない人間ってだけの話だが。
トイレを終えた俺は、ついでだったので飲み物を買いに行くことにした。
男子トイレから自販機まではすぐで、1分もかからずに見えてくる。
自販機に俺は100玉と10円玉3枚を入れ、お気に入りの缶コーヒーを買う。
たったそれだけの行為で、俺はなぜか。
今のこの状態を、とてつもなく空虚だと感じた。
いつもと同じことをしてるのにな。
だからこそ、だろうか。
俺は、普段は思っていても口にはしないような言葉を、思わず紡いでいた。
「異世界、行きてえなあ」
我ながらくだらない事を言うものだと、笑ってしまった。
つまらない。くだらない。
飲みかけの缶コーヒーを握りながら、俺は自分から生まれた言葉に、自己嫌悪していた。
そんな時。
突然目の前に、羽の生えた女が現れた。
「はい。連れてってあげましょーか」
「……はあ?」
なんだコイツ。学校内でコスプレ?厨二病ってやつか?
俺はさっきの自分の発言より面白おかしい事態に、腹を抱えて笑ってしまう。
「アハ、アハハハッ!アハッ、ハァ……あんた、頭おかしいんじゃね?アハハッ、アハハハッ!」
「おかしいかどうか、試してみます?」
「おー、やれるもんならやってみてくれー」
自分でも腹が立つような声を、目の前の女に投げかける。すると────。
「んでは、ごあんなーい!」
「は?」
足元から光が溢れてくる。なんだよこれ!?
「おい羽女!なんなんだよ、何しやがった!?」
「だから言ったじゃないですか。異世界に連れてってあげましょーかー、って」
「マジ……マジに、異世界なのか?」
「はい!当店自慢の異世界です!ではでは、よい異世界ライフをー!」
「ちょ……うぉぉぉ!?」
足元の光がさらに輝きを増して、俺の視界全てを覆い尽くす。この光、蛍光灯をガン見してる時みたいな感覚になる。
目を開けると、その光が徐々に晴れていく。そこには────。
馬車。剣や槍を持った、騎士のような連中。
そして、RPGでしか見たことがないような建物が並んでいた。
「すっげ……」
マジに異世界なのかよ、ここ。
あの羽女は、もう近くにはいなかった。
まぁ元々、ヒロインっぽい顔でもなかったしどうでもいいか。
それよりも、俺は。
この異世界を謳歌しないと!!
現実世界では考えられなかったような明るい気持ちになった俺は、意気揚々と歩き出す。
けどその歩みは、すぐに止まることになる。
爆発音が響いた。建物が壊れ、人が瓦礫に埋もれている。
何が起こったのか?上を見上げるとそこには。
ゲームでしか見たことのない、ドラゴンという生き物がいた。
「うわっ、すげぇー!!」
瓦礫が突き刺さった死体を蹴り、道を開けて進む。
本物のドラゴン、なんて巨大なんだ!
よくあるチート物のイベントなら、今の俺にはこいつを倒す力があるはず!
両手を掲げて叫ぶ。俺の最強武器の名を!
「来い!エクスカリバー!」
……。
…………。
………………何も起きない。
風のそよぐ音とドラゴンの欠伸だけが、この場を支配していた。
そこに、さっき見かけた、剣や槍を持った騎士達が現れる。
「おい坊主!さっさとモンスターから離れろ!死ぬぞ!」
「えっ、俺?……まぁ俺か」
仕方ない。今はまだ、能力覚醒イベントじゃないみたいだ。
ここは騎士に任せて、俺は次なるイベントに備えて見物するとしよう。
騎士はすぐに死んだが。
「弱すぎなんじゃねぇの?」
白目をむいて血を流す死体を見て、つい鼻で笑ってしまう。
そんな俺に、騎士達を殺したドラゴンが近づいてくる。
へっ、かかってこいよトカゲ野郎。俺には、序盤によくある主人公をメインヒロインが助けちゃいますイベントが待ってるんだ。お前なんかにゃやられない。
吠えるドラゴンに身構えてしまうが、情けない主人公のフリって事にしておく。
ドラゴンが少しずつ近づいてくる。すると後ろから、ヒュッという風を切る音がした。
剣持ちのヒロインもいいな。俺はそんな事を考えていた。
「ぁ…………え…………?」
助けられるどころか、俺は腕を切り落とされていた。痛い、いたいいたあういだいいだい!!
「ギャアッァァァ!!いぎぃぃぃ!!」
顔をあげるとそこには緑色のデブがでかい武器を持っててそれをおれにふりおろしてきて────。
ベチャッ。
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「はーい、死亡者カウント180002番目ー」
「フン。少しも足掻くやつがいないな。つまらん仕事だ、異世界転生者管理ってのは」
軽いノリで、死んだ人間の数をノートに書いていく羽を生やした少女。
傍らには、不機嫌そうな様子で茶をすする、少女と同じように羽の生えた男性。
ノートを渡す少女。受け取ったそれを興味なさげに見た彼は、そのノートを床に放り投げ、双眼鏡で下を覗き始める。
そんな男性に、少女は問いかける。
「ねぇマスター。なんで、人間の思い通りに、特殊な力とかを与えてあげないんです?」
質問を受けた、マスターと呼ばれた男性はふんと鼻を鳴らし、少女に向き直る。
「特権を与えられて自らの力に酔う人間は何度も見た。いや、見させられた。こっちとしては、ああいうのはクソ退屈なんだよ」
「ふーん?」
「だから、ちっとは面白くなるかと思って、今は転生者どもに能力は与えないことにしてる」
「でも、それって可哀想じゃないですか?」
「ああ?つまんねえ人間のつまんねえ戦いを見せられる俺の方が、よっぽど可哀想だっての」
「そーいうもんっすか」
「そーいうもんだ。オラ、次の転生願望者リストだ。今日はあと150000人は増やす。とっとと行ってこい!!」
「わはっ、了解でーす!」
紙を渡され、慌てて部屋を出ていく少女。
それを見送ったマスターは、引き続き双眼鏡での管理を続ける。
人の数だけ生まれる、理想の世界。
その世界で何か特別なことが起きることを願って、彼は今日も転生者達を管理するのだった。