第19話:再結成
かつての仲間。六英雄の一人の“大魔導士”山南カレンと再会した。
「本当に会いたかったです……ソータさん」
カレンは感動のあまり、オレに抱きついてきた。
自分の名誉のために言っておくが、向こうから抱きついてきたのだ。
その証拠にオレの両手は、彼女に触れないようにしている。
「おい……六英雄の方が……」
「あの中年は誰だ……?」
「最近、この街にきた、ソータという冒険者だぞ……」
「六英雄さまとどういう関係だ……?」
カレンの突拍子もない行動に、冒険者ギルドがザワついてきた。
それも仕方がないであろう。
彼女はまだ若いが、大陸を救った六英雄の一人である。
しかも今は魔術師ギルドの本部で、高位の役職についていた。
こんなFランクの中年冒険者と、つり合いが取れていない。彼女の護衛である騎士たちも、オレをジロりと睨んでくる。
「カレン、落ち着こう。後で場所を変えて、ゆっくり話そう」
ギルド内で、色恋で目立つのはまずい。
自分の常宿の店名を、紙に書いて手渡す。この街はそんな広くないので、すぐ見つけ出せるであろう。
「は、はい……そうでしたね。私も取り乱して、すみません、ソータさん」
落ち着きを取り戻したカレンは、顔を赤くして離れていく。どうやら彼女も感動で我を忘れていたらしい。
簡単に彼女のことを聞いておく。
それによるとサザンの街には、仕事で来ていたという。
午後の仕事が終わった夕食後。その後に宿で待ち合わせすることにした。
「じー」
「アセナ、移動しよう。そこで説明をする」
アセナがほおを膨らませて怒っていた。彼女にも事情を説明しないといけない。
テーブルに残っている料理と酒があった。これは別料金で後で、宿に届けてもらうことにする。
この状況ではゆっくり昼飯も食えない。
オレはアセナと急ぎ足で、宿に戻ることにした。
◇
「……なるほど、わかった。あの女は、ソータの昔の仲間か」
「そうだ、アセナ。六年前の最初の仲間の一人だ」
宿に戻り、アセナに一通り説明をする。
オレが異世界から召喚されたことを。
カレンを含む七人で、魔王を倒すための旅をしていたことを。
オレには英雄職がなかった。だから今こうして人生に、再挑戦していることを正直に話す。
「すまないがアセナ。オレが六英雄の仲間だったことは、内緒にしておいてくれ」
「分かった。内緒は大事だ」
アセナは頭の良い子である。オレの言わんとすることを、すぐに察してくれた。
何しろ六英雄は味方も多いが、裏の敵も多い。秘匿にできる情報は、多いにこしたことはない。
「さっきの女……カレンとソータ、すごく親しそうだった」
「五年ぶりの再会だ。彼女は感動屋だったからな」
鋭い視線で訪ねてきたアセナに、とぼけて返答する。
彼女は何かを察していたのかもしれない。
これが女の勘とでいうのか? もしくは銀狼族の野生の勘かもしれない。
アセナの勘は半分だけ当たっていた。
六年前、カレンはオレのことを慕っていたのだ。
慕うといっても、歳上の兄や父を尊敬する気持ちに近いものだ。
異世界に召喚された時、彼女は十六才の女子高校生。
聞いた話ではカレンは、父親を早くに亡くしていたという。それで父性に飢えていたのかもしれない。
七人の中で最年長だった当時二十九歳のオレ。それに甘えていただけであろう。
きっと、そうに違いない。
何しろ当時のオレは英雄職がない、平凡で魅力のない影職だったのだ。好きになるはハズはないであろう。
「ソータに魅力ある。だから大丈夫」
「そうか? アセナのその言葉だけでも、感謝だな」
さて、これでアセナへの説明は無事に終わった。
後は夕方に訪問してくるカレンの対応である。
それにしても、こんな辺境の街に、何の仕事で来たのであろうか?
そういえば護衛の騎士の顔が、やけに険しかったのが気になる。もしかしたら何か大きな任務の、途中なのであろうか?
「だが考えても、仕方ないな。少し訓練するか、アセナ?」
「ソータは酒を飲んでいた。大丈夫なのか?」
「酔っ払い。風邪気味。こんな不調の時でも、対応する訓練も必要なのさ」
酒を飲んでいたことは、特に問題ない。
これまでもワザと平衡感覚を、狂わせた鍛錬も積んでいた。特に今はカレンの突然の登場で、酔いも一気に冷めている。
「ハンデがあって手加減しないぞ、アセナ」
「望むところだ、ソータ
こうしてオレたちは訓練で汗を流すことにした。
カレンのことは気になるが、今は身体を動かしていた方がいい。
余計なことを考えなくても済むからである。
◇
その後。約束の夕方の時間となった。
「……?」
宿屋の部屋にオレはいた。廊下に誰かの気配を感じる。
「カレンか? 開いているぞ。入れ」
廊下いた来訪者に、オレは声をかける。
「誰に向かって言っているのだ、ソータ?」
同じ部屋にいたアセナは、来訪者に気が付いていなかった。銀狼族である彼女が全く、気配を感じることが出来なかったのである。
「むっ? いつの間に⁉ それにお前、誰だ?」
部屋に入ってきた人影に向かって、アセナは剣を構える。
彼女が警戒するのも無理はない。
何故なら部屋に入って来たのは、知らない女性。昼間のカレンではなく、普通の村娘だったのだ。
「それは変化の術か、カレン? 相変わらずたいした術だな」
「面倒を避けてきました。では、元に戻ります」
術を解除すると、村娘がカレンの姿に戻る。
これは彼女が昔から、得意としていた変化の術。背格好や顔を、自由自在に変えることができる。
ただし気配や声までは、変えられないのは弱点である。
ちなみに宿屋に入ってきた時は、“気配遮断”をする魔法でも使ったのであろう。オレでなければ感知できない高レベルの術である。
「私は席を外そう、ソータ」
「ソータさん、この子は?」
「こいつは銀狼族の戦士アセナ。訳あってオレの弟子であり、今の仲間だ」
「銀狼族の? それなら一緒に話を聞いていて欲しいです」
気を利かせてアセナは、部屋を出ていこうとする。それをカレンがひき止める。
何か事情があるのであろう。アセナにも同席してもらうことにした。
「改めてソータさん、生きていてよかったです。本当に心配していました」
「突然、姿を消して悪かった、カレン。あれから色々とあったが、今はこうして元気にしている」
この五年間の自分のことを語る。
浮遊城の最後の決戦に、選ばれなかった後のこと。
自暴自棄になり、一人で大陸中をさ迷っていたこと。
身分と名を隠して、冒険者として静かに生き延びていた日々のこと。
だが二週間ほど、再起を決意したと。今はアセナと二人でパーティーを組んでいた。
別れてからのことを簡潔に説明する。
「ソータさんに、そんなことが……あっ、私の方は」
「アセナは今は、魔術師ギルドの本部の顧問主任……だろ?」
六英雄のことは気になって、オレはこっそり定期的に調べていた。影職だったオレの得意技だ。
アセナの役職は想像以上に重労働であった。
大陸各地の遺跡の調査や、マジックの鑑定と開発。また王国の行事にも出席にしないといけない。
気ままな冒険者だったオレよりも、彼女の方が何倍も激務の日々であろう。
「はい。たしかに、この五年間は大変でした。でも好きで残ったので、悔いはありません」
「そうだったな」
魔王を倒した後、六英雄には選択権があった。
『元の地球に記憶を消して帰還するか?』
『それとも異世界に永住していくか?』
アセナをはじめ他の六英雄は、全員が異世界の永住を選択した。彼女たちは異世界の復興のために、残ってくれたのだ。
「そういえば、アセナ。みんなオレのことを恨んでいた……だろう? 逃げ出した卑怯者として」
それは聞くのも、胸が苦しくなる質問であった
だがどうしても聞きたかった質問である。
彼女たち六人がどう思っているか、知りたかったのだ。
あの日、逃げ出した自分のことを、どう思っていたのか。
「皆さん私と同じように、ソータさんのことを心配していました。私は信じて、知っていました。ソータさんが悩んでいたことを……英雄職では無かった苦しみに、もがいていたことを……」
当時のカレンは気が付いていたのだ。
オレが一人で苦しんでいたことを。陰ながら一人で、ずっと努力していた日々のことを。
だからこそ彼女は信じていたという。
このオレが再び立ち上がることを。長い休憩を終えて、再び必ず駆けていくことを。
「そうだったのか、カレン……」
「はい。私、前に言いましたよね? 浮遊城の決戦の前に。私はソータさんのことを……その想いは今も変わりません」
「なっ……!?」
いきなりの話が急展開した。飲んでいた水を吹き出しそうになった。
我慢したら喉につまり、咳きこむ。
「カレン……それは……」
まさかの奇襲戦法を食らった。五年前のことを、ここで切り出されるとは思ってもいなかった。
彼女も今では二十二歳。六年前に比べて、女生徒として成長してのかもしれない。
「急がなくても大丈夫です、ソータさん」
「そ、そうか……ところで、もう一つの気になることとは?」
話題を変えることにする。
これ以上のプライベートな話は危険すぎる。
横で聞いているアセナも、何故かイライラしている。
ちょうどいい話しの転機であろう。
「そうでした。実は……そこの彼女、アセナさんにも関係しています」
「何だと、アセナだと?」
「はい。銀狼族の秘宝であった“白銀の器”が行方不明です」
「何だと、あの秘宝が銀狼族の里にあったのか?」
“白銀の器”とは大陸に四つある、神器の一つである。
神器には全て揃えた者の願いを、叶える力があると言われていた。
「アセナ、知っていたか?」
「知らなかった。族長だけが入れる、“秘密の祠”。そこにあったのかも」
里でも神器の存在は、秘匿とされていたらしい。
実の娘であるアセナでも知らない。
おそらくは代々の銀狼族の族長しか知らない、隠し場所だったのであろう。もしかしたら結界か何かで隠されていたのかもしれない。
「少し前、魔術師ギルドの本部で、神器の反応を感知しました。私と護衛の魔法騎士で、その場所に行ってみました。たどり着いた先は、樹海の中の銀狼族の里でした」
「なるほど。その帰りでこの街に寄ったのか」
銀狼族の里があった樹海から、一番近い街はサザンである。
それならばカレンたち調査団が、帰りに立ち寄ったのも納得ができる。
この街の転移の門を使って、本部に戻ろうとしていたのであろう。
「実はソータさん……神器の微かな魔力の反応跡が、この街に残っていました」
「何だと、このサザンにだと?」
情報から状況を整理する。
里を滅ぼした襲撃者が、“白銀の器”を手に入れたのであろう。
アセナが目撃した赤い魔剣の凄腕の剣士。
そいつが“白銀の器”を手に入れるために、銀狼族を滅ぼしたのかもしれない。
「赤い魔剣使い……ですか? 私たちの方でも調べておきます」
「ああ、頼む。何か分かったら、冒険者ギルドの掲示板に出しておいてくれ」
冒険者ギルドは大陸中にネットワークを持っている。通信の魔道具を有しており、各地の情報が集まっていた。
そのシステムを利用して、定期連絡も可能である。
六英雄の仲間で使っていた暗号を、念のためにカレンと復習しておく。
「あの魔剣使いが、この街に……」
「そう力むな、アセナ。残存反応があるだけだ。当人はいないであろう。“白銀の器”があったら、カレンが感知している」
カレンは大陸でも一人しかいない“大魔導士”である。
攻撃的な魔法だけではなく、探知魔法にも優れていた。
彼女に探知に引っかからないのなら、魔剣使いは遠い街にいるのかもしれない。
「はい、ソータさん。“白銀の器”は無いと思います。でも残存反応がある場所に、実は問題があります」
「問題だと?」
「はい。この街のサザン迷宮の地下三階……そこから残存反応があるのです」
「何だと、三階だと?」
サザン迷宮は地下二階までしかない。
何度も潜って探索していたから間違いはずだ。冒険者ギルドでも地下二階までしか把握していない。
「だから明日から、迷宮の調査に行こうかと思います」
カレンは真剣な表情で決意していた。
神器の悪用は、大陸の平和を脅かす危険性がある。
特に赤い魔剣使いは、銀狼族すらも皆殺しにする危険人物である。絶対に許すわけにいかないと、彼女は決意していた。
「だが、アセナ。あの調査団のメンバーでは難しいぞ」
「はい、護衛は魔法騎士しかいません……」
昼間にカレンたちのパーティーを見たが、盗賊職が一人もいなかった。魔術師ギルドの本部では、盗賊職を用意するつもりはないのであろう。
何故なら魔術師ギルドは、盗賊を毛嫌いしている。貴重な古代遺跡を荒らす盗人として、軽蔑していたのだ。
「サザンで盗賊職を雇うとしても、難しいかもな。経験が豊富で、口が堅い者でないとダメだ」
「はい、そうなんです、ソータさん」
今回の調査団は極秘の任務である。
大危険な神器の消失の調査。これは絶対に外部に漏らしていけない。
また三階の入り口を探す調査も、厄介である。口が堅く腕利きの盗賊職を、探さなくていけないのだ。
大魔導士のカレンと連携に慣れたベテラン者が……。
そうか、そういうことか。
「カレン、オレが手伝ってやろう」
「えっ……でもソータさんは……」
「かつての仲間カレンが困っている。それを助けるのに、理由はいらない」
探している盗賊職に、オレ以上に相応しい者はいないであろう。
形としてはオレが、調査団に雇われたことにした方がいい。それなら魔術師ギルドの本部もうるさくないであろう。
「それにしても、サザン迷宮の地下三階か……」
正直なところ、オレは心が躍っていた。
これまで今まで誰も到達したことの無い、未知の階層。そこへの道を切り開く。
冒険者として、これ以上の興奮はないのだ。
「私もいく」
「そうだな、アセナ。それではカレン……改めて、よろしく頼む」
「ありがとうございます、ソータさん! こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうしてオレはかつての仲間と、再びパーティーを組むことになったのである。