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第15話:小さな武器屋

 酒場でのバカ騒ぎから、一晩が明ける。

 今日は週に一度の日曜日。安息日であり冒険者は、基本的には迷宮に行かない。


 オレたちも装備の買い物を予定していた。

 まずは龍鱗戦士からドロップした“竜の鱗”を、冒険者ギルドに換金しに行く。


「こ、これは龍の鱗ですか? しかも上質の……こんなレアアイテムを、どこで入手したのですか、ソータ?」


 安息日でもギルドは営業している。換金の受付嬢は、

 目を丸くして驚いていた。

 本来ならサザン迷宮でも、低確率でしか出現しない龍鱗騎士。それから更に低確率でしかドロップしないレアアイテム。

 受付嬢も数年ぶりに二年ぶりに見たという。


「昨日の探索で偶然遭遇して、偶然倒せた。運がよかった」


 上手く誤魔化せて答える。

 あの“林檎の転移門”はオレ以外の者は発見していない。独占するつもりはないが、あまり余計な勘繰りはされたくなかった。

 今回も一枚だけ売却にする。これなら運がいいで済ませるであろう。残りの何枚かは今後にとっておく。


「偶然ですか……では金額を確認してください」


 受付嬢から冒険者カードを返してもらう。

 記入された金額と依頼料を確認する。コボルト討伐の時とは、桁違いの金が入金されていた。


「ソータのおっさん、すげえな」

「たまたまの偶然だ」


 ギルドにいた他の冒険者にも、適当に返事をしておく。どうせ教えても、あの転移門は普通の冒険者に使えない。


 なぜなら合言葉である“林檎りんご”を、この異世界の者は正確に発音できないからだ。

“江戸時代の日本人に、英語のLとR発音の違いを覚えさせる”

 そのくらい難しい。ある意味で最強のパスワードとも言えよう。


 冒険者ギルドでの用事は済んだ。次の場所に向かう。


「ソータ、龍の鱗は全部売らなのか?」

「一気に売ったら怪しまれる。今後、小出しに売っていく」


 ひと気のない所で、アセナが尋ねてきた。

 今のところ龍の鱗は何枚か入手している。異常なまでの高確率である。

 怪しまれないように、別の街で小出しに売っていくつもりだ。


「さて、金も入った。新しい武器と防具を、買いに行くぞ、アセナ」

「武器? それを待っていた!」


 オレたちの武器は限界に達していた。防御力の高い龍鱗戦士との戦いは、武器の消費も激しい。

 特に突きを多用するアセナの短剣は、限界寸前である。防具も彼女に合ったものを。そろそろ買う必要がある。


「こっちだ、アセナ」

「楽しみだ!」

 

 サザンの下町の方に、たしか質のいい武具屋があったはずだ。

 六年前にこの街を拠点にしていた時に、一度だけ行った覚えがある。あそこなら手頃な価格で、初心者向けの物が買えるであろう。

 オレたちその店に向かうことにした。




 店に近づいてきた。そういえば六年も経っているので、まだ店があればいい。

 なにしろ初老の店主が一人で、やっていた。店主の寿命も心配である。


「ここだ、アセナ。どうやら、まだやっていたな」

「本当にここか、ソータ? 他の店より小さいぞ」

「だが、よく見て見ろ。きちんと掃除がされている。それに店の気配が違う」


 着いた先はアセナが言うように、たしかに小さな店だ。

 だが、こんな雰囲気の店はいい武器がある。大陸中を旅してきたオレから見ても、素晴らしい雰囲気だ。


 ちなみに異世界に来たばかりの六年前。オレたち七人は、サザン大通りの大きな店に入った。

 だが今思えば、あそこは初心者向けのぼったくりの店だった。

 その金銭的な遅れを取り戻すために、当時は時間ロスをしたものだ。


 若かりし頃の苦い思い出である。


「入るぞ。客だ」


 店の正面口から声をかけて、オレは入っていく。

 薄暗い店内には初老の男がいた。商品の武器の手入れをしている。


「冷やかしなら帰りな。初心者に売る品は、うちには置いてない」


 店主は不愛想に、じろりと睨んでくる。

 オレは初心者装備の中年の男。アセナは銀狼族の美少女。

 初見では冒険者には見えない二人組である。


“銀狼の奴隷を引き連れた場違いな客”

 店主にはそう見えたのもかもしれない。店主が冷やかしだと勘違いしたのも、無理はない。


「冷やかしではない。武器と防具を買いにきた」

「ふん。適当に見ていけ。説明はしないぞ」


 渋々に返事しながら、店主は武器の手入れに戻る。

 そういえば六年前に来た時も、こんな感じであった。店主なりのOKサインなのであろう。


 さて、了承もとれたので、さっそく買い物だ。

 待っていたアセナと共に、店内に並ぶ武器道具を見ていく。


「何から買う、ソータ?」

「まずはアセナの新しい武器を選ぼう。防具はその後だ」


 選んだ武器の形状によって、戦い方も大きく変わる。その後、戦い方によって、防具を決めていくのが正解である。


「武器か。色んな形の武器ある」

「そうだな。アセナはまだ力が弱い。軽めで、扱いやすいのがいいだろう」


 初心者はどうしても、大きくて強そうな武器を買ってしまう。

 だが基礎体力がない時点では、悪手といえる。

 体力を消費して重くなってしまった武器は。それは致命的なミスを生み出すのだ。


「扱いやすいのか……なら、コレがいい!」

「曲刀か? 珍しいな。慣れるまで大変だぞ」


 アセナが選んだのは、刀身が少し湾曲した刀であった。日本刀にも少し似ている。

 切れ味が鋭い分、的確に斬る技術が必要であろう。


「大丈夫、ソータ。お父さまの剣と形が似ている。だから大丈夫」

「そうだったな」


 武器には何事に相性がある。

 アセナが最初に持っていた長剣も、こんな感じの曲刀タイプ。もしかしたらスピードのある銀狼族は、曲刀を好むのかもしれない。

 

 アセナは幼い頃から、父親の剣の型を見ていた。それなら覚えも早いであろう。突きも可能なので、アセナのスキルとも相性もいい。


「この曲刀を選ぶなら、盾はいらないな。鎧は動きやすい、この革鎧でいいか?」

「ああ。里の戦士たちも、革鎧を着ていた」


 鎧の種類はそれほど多くはない。大きく分けて、金属製か革製の二択である。

 特に小柄な女性物は、この店には一つしかなかった。こればかりは消去法となる。


「だが、この革鎧……いいな」


 手に取り確認する。

 この店にある品の質はどれも悪くない。どれを買っても外れはないであろう。


 最終的にはアセナは革鎧と曲刀。それに予備のナイフを買うことにした。


「ソータは何にする」

「オレは……ん? これは?」


 自分の武器を探している時であった。

 並んでいる短剣の一つに、思わず目を奪われる。


 何故なら見覚えがあったのだ。

 駆け出しの六年前に、ここで買ったものと同じデザインの短剣。それが偶然にも置かれていたのだ。


 これも何かの運命であろうか。

 オレは懐かしのその短剣を購入することにした。


「ふん、会計か。これは……悪くない選択だ」


 会計の時、店主は少しだけ褒めてきた。

 表情は相変わらず不愛想。だが最初と態度が少し違う。


「ところでオヌシ。六年ほど前に、ここに来なかったか?」

「……この街は初めてだ。他人の空似だろう」


 釣銭を渡す時に、店主がまじまじとオレの顔を見つめてきた。

 ここに来たのは、駆け出しの六年前の一度だけである。

 職業リセットのことを勘ぐられると、色々と面倒が生じる。ここは知らないふりをしておくのが、妥当だろう。


「そうか……ここからはワシの独り言じゃ。六年前、面白い客が来た。何でも凄い仲間に追い付くために、新しい武器を探していた……そう、と言っていたな」


 店主のひとり言に出てきた客。それは間違いなくオレである。

 転移した直後は、このサザンの街を拠点にしていた。


 あの時のオレは英雄職である六人に、置いていかれないように必死だった。

 寝る間を惜しんで鍛錬の日々。新しい武具を手に入れるために、ようやく、この隠れ店を探して来たのだ。


「フードを深く被って、顔を隠した変な客じゃった。あれほど真剣に、それに暑苦しく武具のこと尋ねてきた、青年は初めてじゃった」


 その時に買えたのは、この同じデザインの短剣であった。おそらく製作者が同じなのであろう。


 オレは買ってから、ずっと大事に使っていた。

 だが魔王軍の幹部を倒すために、五年前に折れてしまった。そのお陰で当時のオレは命は助かる。

 本当に思い出深い、そして始まりの短剣であった。


「もしも、その青年……いまは中年か。どこかで会ったら、言っておいてくれ。あの時に売った短剣は、自慢の品の一つじゃったと。いい目利きじゃったと」

「そうか……覚えておく」


 店主はまた武器の手入れに戻る。こちらを一瞥いちべつもせずに、不愛想な顔に戻っていた。


 もしかしたら、気が付いていたのかもしれない。六年前にたった一度だけ訪れた、当時のオレのことを。


 かき集めた金で買える最高の武器。それを必死で探していた姿を。

 そして中年となり、再スタートするオレに自分にエールを送ってくれたのだ。何も理由も聞かずに、ひとり言のふりをして。


 昔たった一度だけ来ただけ。それなのに有りがたい心遣いである。

 本当に意味での名店の店主。感謝の言葉しかない。


「どうした、ソータ? どこか痛むのか?」

「何でもない。年を取ると、目が乾きやすくなるのさ」


 感傷に浸っていたオレを、アセナが心配してくる。

 余計な心配をさせたくないので、後ろを見せて店を出ていく。

 年を取ると、どうしても涙腺が緩くなる。こればかりはどうしようもない。


 深呼吸をして気持ちを切り替える。


「さて……次は魔術師ギルドに行くぞ」

「魔術士ギルド? 私たちが?」


 アセナが不思議がる無理はない。

 オレは盗賊系であり、彼女は剣士である。どちらも魔法は一切使えない。

 それなのに、なぜ? という顔をしている。


「付いてくれば、分かる。面白い物が買える。さあ、いくぞ」


 首を傾げるアセナに、それだけ伝えておく。あとは見てのお楽しみである。


 こうしてサザンの街にある魔術師ギルド向かうのであった。


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