第13話:地の利
龍鱗戦士でのレベリングを始めてから、一週間が経つ。
今日の午前中は基礎練習の日。街外れの広場に来ていた。
「さて、アセナ。質問だ。冒険者として生きていくことで、大事な何だと思う?」
「大事なこと? それは、“強さ”だ」
満面の笑みでアセナは答える。
レベルも8まで上がっており、彼女は自信に満ちていた。今後も自分の強さを磨こうと、意気込んでいる。
「そうだな。それもある。だが、不正解でもある」
強さはたしかに大事。だが冒険者はそれだけだは、生き残っていけない。
さて。彼女に、どう伝えたらいいものか。
「そうだな……アセナは実戦で教えた方が早い。よし、模擬戦をしよう」
「ソータと模擬戦を? 望むところだ」
アセナは目を輝かせて、訓練用の短剣を構える。
レベルアップしたお蔭であろうか。以前よりも鋭い剣気を放っている。
「ちなみにオレは素手だ」
「そうか。でも手加減はしない。ソータは強い」
「いい心構えだ。さあ、いくぞ!」
合図と共に模擬戦が開始される。
まずはアセナが動き出す。
素早い踏み込みだ。一気に間合いを詰めてくる。前に教えた通りに、先手を取ろうとしていた。
オレの動きを先読みして、鋭い攻撃を繰り出してきた。オレはそれを間一髪で回避する。
「いい攻撃だ、アセナ」
「最初の時とは違う!」
アセナの顔に慢心はない。更に追撃を繰り出してくる。
素手のオレは体術だけで、攻撃を回避していく。
だが、かなりギリギリの攻防である。
最初に樹海で出会った時。その時よりアセナの攻撃は鋭くなっていた。
レア冒険職である幻影剣士の補正。レベルが向上したしたことによって、段違いに強くなっていた。
「これはマズイ……かもな」
「私を甘く見ていたな、ソータ!」
防戦一方になり、オレは徐々に後方に下がっていく。その隙を見逃さずに、アセナは更に追撃してくる。
オレは最初の広場から、端の方に追い詰められていく。アセナの攻撃の鋭さに、思わず押されていたのだ。
「もらった、ソータ!」
遂にオレは行き止まりに追い込まれた。
勝利を確信したアセナは、突きの技を放つ。
タイミングと技の鋭さは完璧。これ以上はない一撃である。
「そう、くると思った」
「えっ……?」
だがアセナの攻撃は届かなかった。
オレの掛け声と共に、突きの恰好のまま盛大に前に転ぶ。彼女は声を失い、何が起きたか理解できずにいた。
「模擬戦、終わりだ。これが実戦だったら……アセナは死んだ」
倒れている彼女の首元に、オレは手刀を当てる。少しだけ殺気の込めておく。
アセナは小さく頷き、自分の敗北を素直に認める。
「でも、一体何が起きた? これは糸?」
勝負が終わり、アセナは冷静を取り戻す。
自分を転ばせた物体。足に絡まっていた糸の存在に気がつく。
同時に首を傾げる。なぜ自分はこんな糸の罠に、ハマってしまったのか悩む。
「そうか! ソータが設置した罠か?」
「ああ、ご名答だ。模擬戦が始まる前に、こっそり用意しておいた」
「卑怯だぞ、ソータ。大人げない、ソータ」
アセナな頬を膨らませて、抗議してくる。
少し怒ってもいたが、幼い彼女の顔は可愛く見えてしまう。
「たしかに卑怯だ。だが、アセナ。実戦では相手にとって、それは最大の賛辞だ」
「そうだな……私が悪かった」
「よし。アセナは素直でよろしい」
アセナは自らの非を素直に認める。
普通の冒険者は、ここまで素直にはなれない。
そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。
「アセナ、これは“天の時は地の利に如かず”という」
「てんのときは、ちのりに……に?」
「ああ。オレの故郷の古い言葉だ」
興味津々に尋ねてくるアセナに、言葉の意味を優しく説明する。
何かを達成しようとする時、天の時を得ていても、地の利がなければ成就できない、と。
「つまり、どんなチャンスでも、必ず注意を払え。周囲の地形や相手との位置。風向きや天候なぞ。それらを全て、自分の有利に働くように考えろ。そういうことだ」
「なるほど、ソータ。たしかに私は考えていなかった」
「それが分かるだけでも、十分だ」
今のアセナに足りないのは、頭を使って戦うこと。相手を策にハメて、自分だけ生き残ろうとするズルさである。
今後も実戦を通して、このことは教えていくつもりである。
「地の利……最強だな、ソータ」
「ああ。だがそんな地の利よりも、強いものがある」
「なんと! なんだ、それは?」
「それは“人の和”だ」
驚くアセナに、最後の言葉を伝える。
地の利を得ていても、 人の和がなければ、成就することはできないと。
つまり最も大切なのは、本人の努力。そして仲間との団結、協力だと伝える。
「人の和……なるほど」
「最初の印象が悪くても、いい奴もいる。その逆もある」
人狼族であるアセナは、種族としての誇りを大事にしていた。
それは悪くないのだが、危険性も秘めている。時には他人と同じ高さに、目線を持ってくる必要もある。
今日の鍛錬で一番教えたかったこと。それは実は“人の和”であったのだ。
「分かった。アセナ、気をつける。他の人も気にかける」
「そうだな。この世の中は捨てたもんじゃない」
この六年間、大陸中を旅して分かったことがある。
それは人には色んな面があることだ。
若いころのオレは、それを一面でしか見られなかった。そのため出会った現地人と、誤解でぶつかったこともある。
だから若いアセナには、大きな視野を持って欲しかった。
「そんな若い時のソータ、会ってみたかった」
「そうだな。神様がいたら頼んでみるか。さあ、もう少し模擬戦したら、迷宮に行くぞ」
「分かった。次は油断しない」
アセナは目を輝かせて、訓練用の短剣を構える。先ほどとは違い、周囲の地形を確認もしていた。
教えたことをスポンジのように吸い取り、自分のものにしていた。
素直で素晴らしい。
「さあ、いくぞ。今度はオレも模擬剣を使う」
「わかった」
こうして午前中は、アセナとの模擬戦を繰り返していく。
結果としてはオレの全勝だった。だが最後の方は僅差の勝負もあった。
やはりアセナは冒険者としての才能がある。そんな彼女との模擬戦で、オレも得られることが多い。
この鍛錬は定期的に行っていくことにする
◇
午後はサザンの迷宮の探索に潜る。
「ソータ、路地にモンスターを追い詰めた」
「でかしたぞ、アセナ」
アセナは午前中に教えた、地の利を生かして戦っていた。迷宮の地形を必死で暗記して、高低さも常に気を配っていた。
これまで彼女は直感だけで戦っていた。だが今日は利をもって考えている。
勝てる相手には、迅速に攻め込み。
強敵に対しては異動して、有利な地形で戦う。
まだ危ない部分もあるが、銀狼族の少女は確実に成長していた。
「さて、そろそろ。戻ろう」
「なぜ? アセナ。まだ戦えるぞ?」
「常に余力を残しておく。それが冒険者だ」
まだ戦い足りないと感じるアセナに、優しく諭す。
閉鎖的な迷宮の探索は、見えない危険は潜んでいると。
調子よく、どんどん進んでいく。だが気がついた時には、戻れない状況になる場合もある。
体力と気力を使い果たした冒険など、モンスターのエサでしかない。
必要なのは自分の残量を、冷静に見る力なのだ。
「そうか、なるほど。分かった」
「いい返事だ。それに戻った先の街も、平和だとは限らないからな」
「街が? 不思議だな?」
「その内に分かる」
サザンの街の治安はいい方だ。
だが大陸の各地には、危険な場所も多い。
迷宮から出てきた冒険者たち。それを専門に狩る闇の盗賊もいる。
体力や気力を使い果たし、魔石をふんだんに持った冒険者。賊たちのいい鴨になってしまう。
だからこそ最後の力は、絶対に温存しておく必要があるのだ。
「さて。今宵はゆっくり休んで、明日に備えるか」
「わかった」
そして、あっとう間に時間が過ぎていく。週末の土曜日がやって来るのであった。