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そして、話は一話の冒頭へと戻る。
イリアは勇者が住む人間の世界へと繋がる扉へ手をかける。
「イリア、本当に行くのだな?そちら側は危険な世界かもしれんぞ。
お前を守ってくれる者はいない、命の危険があるかもしれん。
それでも行くのか。」
「お父様、私はそれでも行きます。
それに私が逃げ足だけは誰よりも早いのお父様も知っているでしょう?
きっと大丈夫、うまく立ち回るわ。」
その二人の影で部下のモンスターが
「なぁ、お前さ、この魔界より危険な世界って知ってる?」
「知らねー。魔界が一番ヤバいって聞くけどなぁ。違うのか?」
と、コソコソ話をしていた。
イリアが半分扉を開け片足を入れると、後ろから魔王の声が溜息と共に聞こえた。
「・・・嫌なことがあったらすぐに帰ってこい。なんなら迎えをやるから。」
イリアはゆっくり後ろを振り向き微笑んだ。
「ありがとう、お父様。」
そしてイリアは魔界を旅立った。
それは、これから始まる長い長い旅の始まり。
「ああん?なんじゃこりゃ。」
扉の先は、暗闇。
何も見えず聞こえるのはコウモリのキーキー煩く喚く声。
スースーとスカートをめくるような風が時折吹く。
「あ、懐中電灯。」
いそいそと鞄を漁るイリア。
「良かった、持ってきて。
とりあえずハナコちゃんの言う通り遭難グッズと食料入れといて本当に良かった。」
懐中電灯のスイッチを入れると周囲が明るくなる。
不用品となったような錆びたフライパンやら鍋がそこらじゅうに散らばり、ゴロゴロと岩が空間を作っている。
「ガラクタと岩ばっかり。
これじゃ魔界のほうがまだ良いわね。
人間の世界って草原とか太陽とかあるんじゃないの?
がれあ山は草原だったはずだけど。
もしかして扉の設定間違ったかしら。」
その通りである。
イリアはおっちょこちょいでもあった。
扉を開ける時に設定を間違え「がれあ山」ではなく「がれき山」にしてしまっていた。
勇者は「がれあ山」の近くの町にいるのだが、イリアは「がれあ山」の隣の「がれき山」にいた。
「ヘイ、そこのコウモリ。」
シャーッと牙を向けるコウモリにイリアは話しかけた。
伊達に魔界の姫をしているわけではない。
魔界の眷属といってもいいコウモリ、すなわちイリアの眷属である。
魔王の血、覇気を呼び覚ますとイリアの目は赤くなった。
「私は魔界のイリアよ。ここはがれあ山であってる?」
「あ、ま、魔界の姫様でしたか。聞いたことある。失礼なことした、申し訳ない!」
「謝らなくていいから、教えて。ここはがれあ山よね?」
「違う・・・ここ、がれき山。」
「は?」
「だから、がれき山。がれあ山は隣の山。」
「嘘でしょ・・・!」
「嘘ちがう。」
愕然と落ち込むイリアに追い打ちをかけるようにコウモリは言う。
「だってほら、ここいらないものばっかり。それはここががれき山だから。」
まるで迷路のようながれき山の出口への案内をコウモリに頼むこと数日。
やっと遠くのほうに明かりが見えてきた。
「あ、ああ!出口だっ!」
蜘蛛の巣を頭に付けながらイリアは叫んだ。
「姫様、あちらが出口。もうサヨナラです。」
コウモリがちょっとだけ寂しそうにイリアに言うと、イリアはコウモリの頭を軽く撫でた。
「ありがとう、助かったわ。
魔界にくることがあったら私を訪ねなさい。」
「はい、姫様。
姫様、頑張って。」
明るい場所が苦手なコウモリはここでお別れだ。
パタパタと羽ばたきながらコウモリは出口へ向かう姫の後姿を見守る。
そしてコウモリは思う。
「やっと行った。」
イリア姫は明るく楽しいのだが、天真爛漫すぎて孤独になれていたコウモリには刺激が強すぎた。
勇者の惚気話を聞くのも最初は興味津々だったが同じような話を何度も聞けば飽きてしまう。
「だけど、楽しかった。」
久しぶりに魔界へ行ってみるのも良いかしれない。
コウモリはちょっとだけあの姫様の恋愛の行方も気になっている。
「ああ!これが大地!草原!太陽!」
イリアは空高く両手を上げながら叫ぶ。
「なんて綺麗なの!」
小さな花にすら感動を覚える。
それもそのはず、魔界には無いものばかりだ。
ピンクやオレンジ色の花畑、どこまでも続く澄んだ青空。
ここには変な食人花もくすんだ灰色の空もない。
「・・・おめー、誰だ?何してんだ?」
声のほうへ目を向けると
めえめえ、と山羊の鳴き声と困惑したような男の子が前にいた。
「きったねー恰好してけっど、大丈夫だか?」
恐る恐るイリアに近寄り
「とりあえずオラんちに行くか?風呂くらい貸すぞ?」
とイリアは心配された。
「そんなこと!」
ないわよ!と言いかけて自分の首から下を見る。
「そ、そうね。貸していただけるかしら。」
イリアは自分の恰好を見て少し気絶したくなった。
確かに汚い。
きったねー。
少年の言葉に頷く。
洞窟で転んだりしたので服は泥だらけ、髪も蜘蛛の巣がついていたりでボサボサ。
姫の威厳の欠片もない。
「んだら、とりあえずオラさ着いてこい。」
ほれ、と荷物イリアから取り、めえめえと鳴いている山羊の背にかけた。
「オラはマジルっていうだよ。おめーは?」
「私は、イリア。」
「イリアつーんだな、イリア、色々あったかもしんねーけど頑張れよ。
生きてりゃいいこともきっとあるだっぺよ。」
「あ、うん。」
どうやらマジルにイリアは勘違いされてしまっている予感がする。