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ボロボロに崩れかけた城と瀕死状態のお父様の傍で私は佇んでいた。
勇者達は先程、元の世界へ帰っていった。
そっとお父様の肩に手を添えて抱き起す。
「お父様・・・私との約束覚えていらっしゃいますか?」
最初はふるふると首を横に振り目を合わせなかったが、少女に掴まれた肩がだんだん痛み出すと諦めたように静かにコクリと首を縦に振った。
それを確認すると少女の口からは嗚咽や悪態ではなく、笑いが漏れ始めた。
「ふふふ、お父様が勇者に倒された。」
自分の父が倒されたのに、である。
喜ぶとは何事か。
不思議に思うのが普通だろう。
その答えはすぐにわかる。
傷だらけのお父様、それは私が待ちに待った日でもある。
何故ならば
「いよっしゃぁああ!」
「お願い。耳元で叫ばないで。傷口が染みるのだ。」
「すぐ回復するから大丈夫よ。」
「ひどい、冷たい。」
「それよりもお父様、私、絶対、勇者を手に入れて帰ってくるわ。
次に帰郷する時は、ぜひ婿殿と呼んであげてちょうだい。」
魔王の娘イリアは勇者に一目ぼれしてしまったのだ。
魔王に勇敢にも戦いを挑む英雄の姿はイリアに鮮烈な印象を与えてしまった。
明るく正義感に溢れ光の中で生きる者。
当たり前といえば当たり前のことだが、周りには一切いないタイプだった。
イリアの周りといえば専らゴーレムやらスライムやらヘンテコな蛇や蜘蛛ばかり。
人型もいることにはいるが、何やら腹に何かを隠すような裏がありそうな者ばかり。
そんな時、イリアはたまたま魔境の鏡に映った勇者と自分の父の戦いを見てしまったのだ。
いつもはドラマやお笑いばかり見ているが、たまたまその時はどこの番組も自分好みのものをやっていなく、暇で暇でカチャカチャとチャンネルを変えていた。
お兄様や弟たちはやっぱり男の子だからか好きなようだったが、格闘技やスポーツに興味がなかったイリアは勇者と自分の父の戦いにもそれまで一切見たことはなかった。
必然か、運命か、偶然か、神の悪戯か。
そのチャンネルは彼女の運命を変えた。
チラリと映った少年にイリアは心を一瞬にして奪われた。
「安心しろ!俺がお前等を守ってやる!」
負傷した仲間を守りながら剣を握り、ドラマチックに勝利を得た美少年。
頼もしさと爽やかさ、まるでこの前読んだ少女漫画から飛び出てきたようだった。
「あ、か、かっこいい。え、やだ、ちょっと。」
戦いが終わりエンドロールが流れ、イリアはへたり込む。
「好きかも。」
そこからイリアの行動は早かった。
魔王の父に直談判。
「お父様。私、好きな人が出来ました。」
「な、なんだ、突然だな。お父さんはまだイリアに交際は早いと思うぞ。ちなみにどこのどいつだ。」
魔王の眼光がキラリと光った。それは狩人の目のように険しい。
が、がふっと噴き出してしまったココアがイリアにかかり、そこから甘い匂いが残念な空気を醸し出してしまっていた。
「勇者。」
「は?」
「勇者よ、勇者。お父様もう耳が遠くなったの?まだお若いでしょうに。」
「遠くなってない。たわけもの。聞こえてるわ。
それより勇者ってあの勇者か?俺の敵だぞ?」
「そう、お父様が負け続けている勇者のことよ。」
「・・・そんなことないぞ。」
「あら?そうでしたっけ?」
「一回は引き分けだ。」
「引き分けねぇ。あの引き分けはギリギリだったじゃないの。」
「それでも引き分けは引き分けだ。それより、勇者ってお前、頭は大丈夫か?」
「失礼ね。お父様の敵だから何だっていうの。関係ないわ。」
「いや関係あるだろ、イリアお前、それでも一応は魔界の姫だろ。」
「お父様、考えが古いわ。鎖国状態で止まっているんではなくて?
今の恋っていうのはね、もはや身分も国も性別すらも関係ないのよ!」
どーんっ、とイリアが堂々と言い放つ。
もはやこの恋は誰にも止めることは出来ないだろう、と魔王は諦めた。
イリアはいつだってそうだった。
きっとこれの母に似たのだ。
思えばイリアの母も可笑しな人間だった。
ある日急に自分の元へ現れ押しかけ女房のように居座った。
好きだ、好きだ、結婚しよう、と交際や手順をふっ飛ばした。
夜這いにかけられた時も、必死に誘うものだからつい手を伸ばしてしまった。
子が出来きると、それはそれは幸せそうな顔で魔王の横に引っ付いていた。
他の妃共が呆れるほどに自分はイリアの母に愛されていた。
猪突猛進なDNAはイリアにしっかりと受け継がれているんだろう。
だが、ただ簡単に頷くのも癪にさわる。
「俺がアイツに次も負けたら勝手にしろ。」
「えー、今すぐ行きたい。」
「馬鹿かお前は。すぐになんて許されるわけないだろうが。お前の口やかましい保護者共を黙らせてからいけ。」
「保護者?」
「弟やら兄貴共だ。あいつ等にこのことを黙って行ってみろ。世界が滅びかねない。」
「なるほどね。
お父様は、事前にこのことを私がお兄様達に伝えておいて妨害するお兄様達の妨害を私がすればいい、と。
それで建前は出来るわ。
約束を反故にするなんて私が許さないから、あとは勇者が無事にお父様を倒せばいい。」
「そういうことだ。」
「それでは早速いってきますわ。」
びゅん、と颯爽とイリアは駆けて行った。
魔王はその後ろ姿をみて考える。
本当は権力をもってすれば出来るっていえば出来るけど、面倒だし、少しは自力でやらせてやりたい。
もっと本音を言えば行かせたくない。
そして一石二鳥で上手くいけば自分が勝てちゃうかもしれない。
魔王の心はグラグラ揺れている。
「イリアあんな風な姫だから、皆、余計に心配するんだよな。
だが狭い世界で過保護にしてしまうより、きっとお前は《かわいい子には旅をさせろ》って言うんだろうな。」
と写真立てにそっと手を触れた。
写真にはこっちに満面の笑顔を向けるイリアの母がうつっていた。