〈II〉
ーーーーこれはダメだ。
早くも足がすくんで震えが止まらない。
……何せ戦場に行く直前に死んだため、ろくに剣を振ったこともないのだ。
相手は片手で剣をポキリと折れそうな気もする。
……降参するか?あいにく自分は捨て鉢になって勝てない勝負に挑む程図太くない。ほら、逃げるが勝ちとも言うだろ?そうだ、これは負けるんじゃないんだ。賢い選択なんだ……
咄嗟に頭の中であらゆる言い訳が張り巡らされた瞬間ーー。
「へっ!口程にもねぇじゃねぇかよ!」
真ん中にいた男が思い切りジュンの腹を蹴り上げた。
鎧を着ているとは言え、金属を通して衝撃が容赦なく彼を襲う。
「ぐ、はっ!」
体が一瞬持ち上げられるような感覚。
一瞬衝撃で頭が真っ白になって、ジュンは腹を抱えてその場に膝を付いた。
蹴られた箇所がジンジンする。
しかし、それでも男たちは容赦しない。
「なんだ、コイツよっわ!」
「よっわ!」
「よっわ!」
耳障りな反復を繰り返す男達も最初の男に続けてうずくまるジュンを蹴る。
ジュンは三人には見られないようギリリと歯を食いしばった。
ーー誰も助けてくれないのかよーー。
こんな人通りの多い大通りで暴力にあっていると言うのに、皆遠巻きに哀れんだ視線を向けるだけで誰も救いの手を差し伸べようとはしない。
「た、すけてください……」
みっともねぇ、俺。
目の前を行き交う人に手を伸ばしても何も変わらない。
「ーーっあ」
その手を靴の上から踏みにじられる。
「やめてほしかったら、土下座して金目のモン全部置いてけ」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、ジリジリと力を加えて行く。
もうすでに誰もこちらになんて見向きもしない。
障らぬ神に祟りなし、ということなのだろう。
「まぁ、分かりきってたけどな……」
次々に蹴られる痛みが体を襲いつつも、こんな状況下でもジュンは苦笑せずにはいられなかった。
……まるであの時と同じではないか。
自分はこんなにも痛いのに、苦しいのに、皆自分のことばっかりで誰も助けてくれない。
世界が変わっても根本的な所は何も変わってないんだな。
「死ねよ!お前!」
グリっと頭を踏み付けられる。
浴びせられる罵声。
ジュンは自分を踏み付ける者の姿を見上げた。
「ーーッ!」
その瞬間、驚愕に瞳を見開く男。
先程のまでの見下すような笑みとは一転、その表情は猛獣に狙われた小動物のようだった。
「お、まえ……」
男の足が頭から離れる。
何故男が怯えるのかは不明だがとにかくチャンスだ。その瞬間をジュンは見逃さず、男達の足を払いのけ立ち上がった。
「よくもやりやがったな!お前ら!」
先程のお返しとばかりに声を荒らげる。さらに追い討ちを掛けるように腰の剣を抜いてみせると男達の顔がピクッと引きつるのがわかった。
ここからは俺のターンだ。
別に剣で殺したりするわけじゃない。まずそんな度胸もあるわけない。
しかしこれを脅しに使って謝らせることができたら……
「ーーお仕置きだ。野郎ども」
立場逆転とばかりにジュンはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
決め台詞がキマったとばかりの清々しい程自信たっぷりな表情である。
ーーしかし。
「あ」
ジュンが声を上げたのとほぼ同時に男達の声が重なった。
刹那、ジュンの頰をタラタラと冷や汗が伝う。
ーーーー鞘から剣を抜いた瞬間、刃の部分がポッキリと折れてしまったのだ。