〈I〉
ジュン・ソラノの人生を一言で表すなら、まさに可もなく不可もなく平凡といった所だった。
たった一点を除けば……
ーー自分は確か、死んだはずじゃなかったのか?
目の前の不可解な現象にジュンは目を疑うしかなかった。
そう、確か死んだはずなのだ。
それは間違いない。
ーーなのに。
「ここ、どこなんだ?」
人でごった返す大通り。
灰色の地面を行き交う4つの車輪の付いた自動で人を乗せて走る塊。
建物はこれでもか、と言うほど高く見上げないと上まで見えないくらいだ。
そんな建物が辺りにあちこちいくつもあるということだから驚きである。
今は夜なのだろう。空は星も見えないくらい真っ暗なのに、地上では赤、青、黄と数え切れない程の光が照らし一瞬昼だと錯覚してしまう程明るい。チカチカと目が痛くなってくる。
ーーーー状況が理解できない。
俺はどうしてこんな場所にいるんだ?
「どうなってんだよ……」
ジュンは自分の今までいた状況を整理しようとした。
「俺の名前はジュン・ソラノ。……よっし、名前は覚えてるみてぇだな。
忘れてたらどうしようかと思った」
ないとは思うが、自分の名前を忘れてない事を確認。
ジュンは安堵の息を吐く。
「……問題はなんで死んだはずの俺がこんな所に来てるかだな……」
何度も大事な事なので繰り返すが自分は死んだはずなのだ。
ーー自分の生まれ育った王国、メルスティアの戦争にて。
ジュンは一般市民の家庭に生まれた中肉中背、悪く言えば平凡、よくいえば無難。そんな少年だった。そんな彼の元にある日届いた出兵の通知。彼は名のない一兵士として戦争に行くことになったのだ。
ちなみち死因は………言いたくない。
だが、一つ言うとしたらいざ出撃となった時に石につまずいてコケてしまい、ひっくり返った挙句、後ろからも来る味方の兵士達に踏まれまくってボロ雑巾のようになって死んだと言う事だろうか。
あまりにもみっともない最期にジュンはその時涙を零したのを覚えている。
今まで平平凡凡な人生だったが、いくらなんでもこんな死に方はないだろう……
せめて名誉の戦死を遂げたかった……
そんな無念の想いと共に生涯を終えたはずだ。
ーーそれがどうしてこんな場所に来ている?
ジュンは奇想天外の状況に頭を抱える他なかった。
「……でもそれにしてもすげぇな……」
しかし、立ち直りの早いのは彼の長所でもある。ジュンは見知らぬ場所にいながらも意外に落ち着いた精神だった。……死んだのかよくわからねぇが、もう終わったと思った俺に神がくれたチャンスなんじゃないのか?
そう思えば、こんな見知らぬ場所に来てしまったのもある意味幸運といえよう………
物事をクヨクヨ悪く考えたって仕方ない。どうせならいい方向に考えようや……と言うのがジュンのポリシーだった。
この場所はジュンの暮らしていた世界と比べると異質としかいいようがなかったが、ジュンの国よりもはるかに文明が進んでいるのは確かだ。実際に周りにあるものは見たことないものだらけである。
文字も自分達の使う文字とは違い、街の至る所に案内板らしき物があるのだが、全く読めない。
戦争をしていた隣国シャドールか?ひょっとしたら自分は死んではおらず敵国に捕虜として捕らえられたのかも……
「いや、それはないか」
ジュンはすぐにその考えを否定した。まずメルスティアやシャドールのあるエルフェニア大陸では万国共通の文字が使われているため、もしここがシャドールならこんな見覚えのない文字なはずがないのだ。
……それにまず、捕まえた捕虜をこんな街中に放置していくなんてどうかしている。
なので、ここがエルフェニア大陸の国でないことは確かだろう。
こんな文明の進んだ国は人類の始まりの地でもある天空の大陸にもなかったはずだが……
「マジでここどこだよ……」
今は不可解な点が多すぎる。
考えるのは後にしよう。
その時、ジュンの真横を先程の車輪の付いた塊が掠めて行った。
ーーあれは何だろう?見たことないが……
目の前の物体をつい呆けて見てしまっていたが、これだけ人で溢れ返る場所だ。
「ジャマだ、どけよ」
「う、わっ!」
ドン、と後ろから何者かに突き飛ばされ、バランスを崩したジュンは地面に手を付いた。ガシャン、と鎧が派手な音を立てる。
「いってぇ……誰だよ、突き飛ばしたの!」
この世界に来て何よりも違和感を覚えたのは、人々の身のこなしや外見についてだった。
ジュンはこれでも兵士だったため、鉄の鎧を着ている。
しかし、周りを埋め尽くす人達は自分とは全く違う服装だ。……なので、一人だけ異質な服装のジュンは先程から好奇の視線を浴びている。
その中には当然自分をよく思わない者もいて、今突き飛ばしてきたチンピラなどその内の一人だろう。
「アァ!?なんだ、やるのかテメェ!?」
「やったるよ!お前らみたいなチンピラ、俺が一息で……」
売り言葉に買い言葉。地面に倒れた時に付いた砂を払いながら、ジュンはそう啖呵を切った。
こちらには腰に差した剣もある。幸い装備は死んだ時からそのままみたいだしいざとなれば剣を使うこともできるだろう。
頭の中でそんな勝算を繰り広げていたジュンだったが、目の前の相手を見るなり「げっ」とカエルの潰れたような鳴き声を発していた。
……相手は一人じゃなかった。
「先程の威勢はどうしたよ、腰抜け。鎧なんて着てるくせしてもしかしてちびったのか?」
「ちびったのか?」
「ちびったのか?」
目の前にそびえ立つ屈強な男は巨大な拳をボキボキ鳴らしながら下劣な笑みを浮かべた。
そして男の左右に控えるように立ち、最初の男の言葉を反復している二人の男も同じような笑みを浮かべている。
相手は3対1。
いくら剣を持っているとは言え、相手は皆鍛え上げられた屈強な体で対する自分は雇われ兵士だっただけにヘナヘナのケチョンケチョンだ。
……これ、ヤベェ。
先程意気込んでから数秒のこと、ジュンは早くも額から冷たい汗が流れるのが分かった。