第7話 はじまりは今(その7)
神社の鳥居をくぐる時、軽く一礼し、手水で手を洗い、口をすすぐ。この動きは僕はもう自動的にやるような感じで、うつろな状態でいた。毎日うつろだ。
僕が神社へお参りするようになったのが何故なのか、今ではもうどうでもよくなった。最初は、僕のお父さんがうつ病になった時だった。
うつ病になる前のお父さんは、決してよくしゃべる明るい人間ではなかったが、兄と僕によくくだらない話をして、子供と接しようとしてくれているのがなんとなく分かるような、そんな父親だった。
その父親が少しおかしいなと僕が感じたのは三年前、僕が中学1年生の時だった。
早朝4:00ぐらい、お父さんが便所の中で唸っている声が聞こえてきた。便所のすぐ隣の部屋で寝ている僕は唸り声で毎日早朝に目が覚めた。初めの何日かは、お父さんは便秘でつらいのかな、と思っていたが、一週間くらい経った朝、すすり泣くような声が聞こえてきた。毎日お父さんの唸り声で目を覚ます僕だったが、さすがに、泣いているような声を聞いたときは、自分の父親ではあるものの、幽霊の声でも聞いたように恐ろしく、不気味に感じた。今にして思えば、自分がおかしくなっている様子を見られるのが恥ずかしいという気持ちからだったのかもしれない。それとも、そういうことを意識すらできないようになって、無意識にそうしていたのかもしれない。
それから、僕は一週間の内に何度かは、便所で泣いていたり、倉庫の薄暗い闇の中で夜に一人でうずくまっているお父さんを見るようになった。声をかけられなかった。
会社でどんなことがあるのかは分からない。自分が学校であることとどう違うのかも想像できない。仮に、辛かったとしても、自分も同じだと、特に父親を思いやる気持ちも湧かなかった。その内に僕は中学2年生になり、ある日、お父さんは、早朝に一旦会社へ出かけたが、始業とほぼ同じタイミングで家に戻ってきて、病院へ行った。精神科へ行った。