第43話 8月へ(その9)
スターマインの連射も含めて、合計3,000発の花火が上がる。いつまでも続くかと思われたこの時間も、終わりが近づいた。
「鎮魂の花火も、間もなく、グランドフィナーレです。最後はスターマインの高速連射です」
ナレーターがそう言うと、最後は音楽無しでのスターマインが、これでもかという超高速で連射された。幼稚園くらいの小さな子たちは、いつもは眠くなる時間だろうが、最後まで元気に見ている。スターマインの連射の背後に、‘ナイアガラ’の、滝のような花火がカーテンのようにまばゆい光を川に落とし、川面にはその光が、水の流れの分、少し光のエコーがかかったような、不思議な模様を描いて映っている。‘滝’をイメージした花火なのだけれども、僕の頭の中にはなぜか、‘天の川’という言葉が浮かんだ。
スターマインの連射が終わり、‘ナイアガラ’の光もしぼんだタイミングで、来賓席の前に設置された、地元新聞社の名前を冠した花火大会の文字を模った花火が光り、それに合わせて、皆さま、お気をつけてお帰りください、というアナウンスが流れてきた。
長い時間に感じたが、実際は40分程度だった。今は、9時少し前だ。
周囲の人たちが立ち上がるのに合わせて僕たちも立ち上がり、自転車を止めてある公園に向かって歩き始めた。公園の手前の、小さな川の橋を渡ったところで、さつきちゃんが、みんなに話しかけた。
「あの、神社にお参りしに行きたいんだけど、いい?」
僕たちは、そうだね、今日は空襲で亡くなった人たちの慰霊の日だもんね、と、駐輪してある公園ではなく、まず、歩いて神社に向かった。この橋を渡れば2~3分で着く。
慰霊のためのたくさんの提灯が境内に吊るされている。さすがに、花火が終わったタイミングで参拝する人も多く、かなり混雑している。僕たちはまずお社に向かい、皆で並んでお参りした。何十年前、家族を空襲で亡くした人たちは、その時のことを今、どういう気持ちで思い起こすのだろうか。つい昨日のことのように思うのか、それとも、その後何十年も続いた現実の生活の中で、自身の人生を積み重ね、はるか昔のことのように思うのか。遺族が参列しての慰霊式は、花火の始まる前、夕方に開かれていた。
お参りした後、僕たちは、せっかくだからと、一人ひとりかき氷を買った。境内の隅の方にまだ人が座っていないスペースがあったので、そこに腰かけてみんなで食べた。たまたま、飛び石でしか空いていなかったので、僕とさつきちゃんだけ、みんなとは少し離れた場所に座った。向こうの方では、太一が耕太郎と仲良くなった、というよりは、耕太郎を一方的に構って話をしているようだ。遠藤さん・脇坂さんも、耕太郎が可愛いのか、3人で取り囲んで楽しそうに話しかけている。
さつきちゃんは、僕に、今日はありがとう、と話しかけてきた。
「かおるくんは、この神社をランニングコースのチェックポイントにしてるんだよね」
「うん」
チェックポイントにしていることは、さつきちゃんに話してあったが、朝の通学の時にも立ち寄ってお参りしていることはまだ話していない。
「わたしも、時々、ここにお参りに来るんだよ」
「えっ?」
僕は、続けて思わず、なんで?という聞き方をしてしまった。
自分のことを言うのもなんだが、僕のように、受験の合格祈願でもないのに、ふらふらと神社にお参りに来るような高校生は、今時の感覚では一般的ではないだろう。ランニングコースのチェックポイントといいうのならば、まだノーマルな範囲と人は見てくれるかもしれないが、通学途中、毎朝、というのは、「変わってる」と、どちらかというとマイナスに見られるというのが、今の感覚のような気がする。だから、僕は、さつきちゃんが自分と同じようにお参りに来ることに対する親近感よりは、自分のことを完全に棚に上げてだけれども、訝しい目で、どうしても見てしまう。「なんで?」という、聞き方をして、しまった、と思った。でも、さつきちゃんは、一瞬、びくっ、としたような素振りを見せただけで、後は、にこっ、と笑って話を続けてくれた。
「かおるくん、歴史は詳しい?」
「あまり得意じゃないけど、歴史小説は結構読んだよ」
「戊辰戦争のことって、よく知ってる?」
「んー、戊辰戦争は授業で聞いたことくらいしか分からないかな・・・」
さつきちゃんは、なぞなぞの答えを言うような感覚でいるようだ。
「わたしの家のご先祖さまにね、戊辰戦争に行った人がいるの」
「ふー・ん?」
なんだか、話がちゃんとつながるのかな?と、僕は想像ができなかった。
「それでね、そのご先祖さまは、戦争の時に亡くなられたのね」
「うん」
「そのご先祖さまを悼んで、掛け軸を作ってもらったらしくて。その掛け軸をわたしの家では、お盆とか、お正月に、お仏壇の横に掛けて、ご供養するのね」
「そうなんだ」
さっき、さつきちゃんの家で、さつきちゃんのおばあちゃんやお母さんから聞いた話が思い出された。
「お父さんから聞いた話なんだけど、この神社は戦死した方々の慰霊のために、その亡くなった方たちをお祀りしてる。それが、戊辰戦争で亡くなった方々から、お祀りするようになったんだって」
さつきちゃんは、こういう話をする自分自身がなんだか恥ずかしいのか、伏し目がちで、でも、目には笑みを浮かべて静かに話してくれた。
「だから、お父さんは、せっかく神社に近い高校に通うようになったんだから、時間のある時にはお参りして、そのご先祖さまに、ありがとう、って言ってきなさいって」
確かに、さつきちゃんは自転車通学だから、徒歩通学の僕よりも時間的には神社に立ち寄りやすいだろう。それに、さつきちゃんは、夕飯の用意をするために部活には入っていないから、学校の帰りに、立ち寄る時間もそれなりにあるだろう。さつきちゃんが、なんで僕にその話をするのか、だんだん、分かりかけてきた。次第に、僕は、顔がかあっ、と火照ってくるのを隠せない。
「かおるくん・・・もし、嫌だったら話してくれなくてもいいんだけど・・・」
そこで、さつきちゃんは、しばらく考える間を取った。
「かおるくん、聞いても、いい?」
僕は、顔の火照りを止められなかったが、うん、とうなずいた。
「かおるくん、ランニングの時以外も、お参りしてたよね?」
今度は、僕が、しばらく間合いを取って、うん、ともう一度うなずいた。
「わたし、最初にかおるくんを見かけた時は、特に何とも思わなかった。まだ、高校に入ってすぐの時で話したことも無かったし、ああ、受験の時のお礼参りなのかな、って思った」
僕は、黙って話の続きを聞いていた。
「それに、わたしも、悪いことをしてる訳じゃないんだけど、女子高生が神社に一人でお参りに来るなんて、人に言えないような、後ろめたいような気がして」
僕も、なんとなく分かる感覚だ。
「でも、かおるくんを見たのは一度や二度じゃなかったから。それに、お参りしてる時のかおるくん、なんだかとても苦しそうな顔をしてたから。声をかけられなかった」
もはや、さつきちゃんの独白に近いような感じになってきたが、それでも僕は、一言もしゃべることができなかった。
「図書館で会った日、わたしが声をかけたのは、何度かかおるくんを神社で見かけてたから、っていうのもあったんだよ」
夜だけれども、境内の灯りで昼と勘違いした蝉がまだたくさん鳴いている。
「だから、あの時、かおるくんが言ったこと、ちょっとびっくりした」
さつきちゃんは、そこで、ようやく顔を上げて、僕に笑いかけてくれた。僕は、辛かったけれども、無理に笑顔を作って、笑い返してみた。
「気持ち悪い奴だと思ったでしょ?」
僕の逆の問いかけに、それでも、さつきちゃんは笑顔で答えてくれた。




