第4話 はじまりは今(その4)
旭屋のレジ脇に机が一つ置かれ、そこに白いポロシャツにジーンズを穿いた男の人が座り、本が積まれていた。机の前面には'犬ちり'のチラシがセロテープで貼られている。この男の人が村松 悠作さんなのだろう。太一がその場で僕にした解説によると、村松 悠作さんは、まだ28歳なのだそうだ。僕は太一に訊いた。
「太一は‘犬ちり’を買うの?」
「うん、買ってその本にサインを貰うよ。この人の本を読むのがささやかな楽しみだから。でも、ハードカバーだから高い。ほんとは最初から文庫で出してくれるといいんだけど。」
僕も欲しい本があっても、文庫になるまで1年か2年か待っていて、忘れかかった本がいくつかある。もっとも、自分の好きな作家の本ということではなくて、その時々で話題になっている本なのだけれど。
僕は改めて村松 悠作さんの顔を見た。細身で清潔感があり、知的な新進気鋭の作家というのがお世辞を抜きにした印象だ。会場に何十人も人がいるわけではないが、十人ぐらいの人が並んでいるので、それなりに知名度も人気もある作家なんだなと思った。
並んでいる人たちの先頭の辺りに、鷹井高校のセーラー服を着た子が3人固まって話をしている。
「あれ、うちのクラスの子じゃない?」
太一がそう言うのと僕が気づくのがほとんど同時だった。
‘あ、日向さん・・・・’
僕はその3人の女子の3番目に日向さんが並んでいるのを見て、思わず俯いてしまった。残りの2人も同じクラスで、日向さんの席の周りに来てよく話している子達だ。
「遠藤さん、脇坂さんと・・・ええっと、あの背の小さい子は日向さんだったっけ?」
「うん、日向 さつきさん・・・・・」
「ん?かおるちゃん?なんですぐにフルネームが出てくるの?」
「いや、なんとなく知ってたから・・・・」
「なんとなく、なんで知ってるの?もしかして・・・」
隠したいという気持ちと、反対に自分がいいな、と思っている子はあんな子なんだと見せびらかしたいような気持とがせめぎ合い、太一なら言ってもいいかな、と思った。
「いや、前からちょっと気になってたから・・・・」
僕がそう言うと、太一は満面のにやけた笑みになった。
「そうか、かおるちゃんは日向さんみたいな子がいいんだ。いや、かおるちゃんなら確かにあんな子が好きそうな気がする。」
「好きとかじゃなくて、気になるだけだよ。」
僕は自分が恥ずかしいとかではなく、なんだか勝手にこんなことを言うのが日向さんに失礼なような気がして言った。太一が間髪入れずに言った。
「それを好きというんじゃないかな。」
僕と太一がいるのに気付いたのか、先頭の辺に並んでいる3人の女子は揃ってにこっと笑って僕らに会釈した。