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月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
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第38話 8月へ(その4)

 8月頭、花火大会の当日の朝。前夜、さつきちゃんから、早朝自主トレの連絡があった。

 自主トレ系マラソン部の数回目の活動日となった。僕は、今夜、花火大会が行われる川の上にかかる大橋から、連峰の逆光の稜線を見ながら、さつきちゃんが待つ親水公園へと走っていた。正確なタイムは計っていないが、お日様の位置が、このコースを走った初日の日と比べると、微妙に低く、逆光の稜線の部分がより黒々としている。と、いうことは、お日様がまだより低い位置にある分、僕がこれまでより、ほんのちょっとは早く、この橋を通過できるようになったということだろう。

 チェックポイントをくぐり、親水公園に入っていく。今日は、僕が到着したのと、ほぼ同じタイミングで、さつきちゃんが、運河沿いのランニングコースから芝生の区域に入ってくるところだった。

「おはよう」

 さつきちゃんは、今日もにこにこして挨拶してくれる。僕も、おはよう、と声をかけ、ストレッチを終えると、さつきちゃんが、今日の予定について確認を始めた。

「かおるくん、今日は5時くらいに家に来てくれる?」

 あれ、と思った。僕は、夕食の支度を手伝うつもりでいたので、

「5時でいいの?もっと早い時間から手伝おうか?」

 さつきちゃんは、ううん、と、軽く首を横に振った。

「今日は、男子は完全にお客様だから、ご飯だけ食べるつもりでいて。女子側にも色々都合があるから、気にしないで」

 そういうものかな、と僕はとりあえず納得した。

「それと、自転車で来てね。市電だとものすごく込むから、花火には自転車で行った方がいいと思うから」

「自転車だと・・・浴衣とか着るわけじゃないんだ」

 僕が何気なく言うと、さつきちゃんは、意外と真面目な感じで答えた。

「わたしの家は、あんまり着るものにお金をかける方じゃなくて。遠藤さんも脇坂さんも着るものには特にこだわりがないし」

 そう言われてみたら、さつきちゃん、遠藤さん、脇坂さんの3人組は、クラスの中ではとりわけ地味な印象を与えるグループのような気がする。類は友を呼ぶ、というか、服装とかおしゃれとかいったことにあまり気を遣わなくて済む者同士が寄り集まっているということなのだろうか。

「でも、浴衣っていう発想は、漫画とかドラマみたいで、なんだかおかしい」

 と、さつきちゃんは、ふふっ、と笑った。確かに、自分でも、花火大会で浴衣を着る、というのが、いかにも学園もののテレビや漫画みたいで、つい、言ってしまってから、なんだか恥ずかしく感じる。

「それと、お願いがひとつだけ」

 なんだろう、と、あまり人にものを頼みそうな感じのしないさつきちゃんのお願いがどんなものかとわずかの瞬間にあれこれと想像してしまった。

「もし、何かお土産を持ってきてくれるなら、おばあちゃんが好きそうなものにして」

 ん?、と僕はちょっと思案した。あ、そうか、と次の瞬間には、さつきちゃんらしいな、と感心した。さつきちゃんはさらに続けた。

「なんだか、お土産を持って来て欲しいみたいで、ごめんね」

 分かった、じゃあ、夕方にね、と言って僕たちは分かれた。


 今日は部活がない日だったので、午前中は図書館で課題をやり、家に戻っておひるごはんを食べてから、太一の携帯に電話した。僕はまだ携帯を持たない貴重種だが、太一は一応、人並みに携帯は持っている。太一の方も部活が午前中で終わり、午後は空いていることを確認すると、さつきちゃんの家の集合時間には大分早いが、3時にデパート前のイベント広場に来てほしいと伝えた。

 

 3時、僕と太一はデパート前のイベント広場で顔を合わせた。デパートと立体駐車場の間に、ガラスの天井を渡したこのスペースでは、地場の商店街が中心となって作る街づくり会社の努力もあり、イベント稼働率は全国の同様のイベントスペースの中でも屈指の数値を出しており、時折他県の街づくり法人の視察もやってくる。霧吹き状のミストをジェット機のエンジンのような形のファンで吹き付け、通行人を涼ませるようになっており、若い母親たちに連れられた幼稚園より下くらいの子供たちが、喜んでミストの前で手をかざしたりしている。また、ガラスの天井から吊るされた大画面プロジェクターの下に、氷で作ったトリケラトプスの大きな彫刻が飾られていた。この氷の彫刻は、触ることはできないが、やはり小さな子供たちは、色んな角度からトリケラトプスを眺め、あれやこれやと様々な感想を口にしている。

 僕と太一は、自転車用のエレベーターに乗り込み、デパートの地下にある駐輪場に降りた。自転車を止め、駐輪場から直接つながっている、‘デパ地下’へと向かった。

「日向さんが、‘お土産持ってこい’って言ったの?」

「・・・そうじゃなくて・・・」

 僕は、さつきちゃんが言った意味を次のように2点、説明してやった。

①食事に招待されたら、手土産を持っていくのがマナーである

これは、小中学生ではなく、‘高校生’である僕たちが、恥をかかないように、念のためにと、さつきちゃんがさりげなく教えてくれたのだ。

②手土産は、‘ホスト’に合わせたものを選ぶべき

これは、やや上級編だ。手土産はその相手の家で、気を遣うべき相手の好みに合わせるべき。おばあちゃんという年長者のいる、さつきちゃんの家では、おばあちゃんが家で一番大切にされるべき存在であり、おばあちゃんに配慮したお土産を用意するのが一番自然な形であることを、さつきちゃんはこれも念のためにと教えてくれたのだ。

あまり慣れていない人だと、ここで間違えて、小さい子がいる家だったりすると、子供が喜びそうな、場違いのお菓子なんかを用意してしまう危険がある。


「かおるちゃんは、日向さんがそう言っただけで、そこまで分かったの?」

「うちにも、おばあちゃんがいたから」

 確かに、この辺の感覚は、微妙なもので、特に最近の時代では分かりにくいものだ。僕の場合は、嫁という立場であるお母さんの立居振舞や話しぶりからなんとなく心に留めて大きくなった部分があるので、さつきちゃんの言葉に素直に反応できたのだろう。

 だから、僕は太一との待ち合わせ場所をデパ地下にした。おばあちゃんが好きそうなお土産のお菓子を選ぶとなると、ここしか思いつかなかったからだ。

 和菓子の店をいくつか見て回る。しかし、僕や太一ではどんなものを選べばいいのか、見当がつかなかっただろう。デパートに入っているので、どの店も評判のいい老舗ではあるのだが、お菓子の種類も、名前も、ほとんど分からない。お母さんからは、自分たちで選んでみてもいいけど、海月堂の、卵白と和三盆だけを使った、シンプルだが上品な‘月の里’ならば、まずどんな方に出しても間違いはない、と教わっていた。そして、お金もそれを買えるくらいの金額を貰って出て来た。

 店をぐるっと一周回っただけで、自分達で選ぶことをあきらめ、今夜、日向家に集うはずの人数+αの数が入った、‘月の里’を買った。3千円と、個数に対し、かなり値の張る品だが、なんだか、自分の気持ちが少しおおらかになるような感じがした。

 5時まで時間が少しあるので、とりあえず親水公園まで移動して、親水公園の中にある体育館のロビーで、しばらくクーラーで涼んでから、日向家へ向かうことにした。

 体育館のロビーは夏休みらしく、友達と連れ立ってバドミントンや卓球、バスケットボールをしに来た小中学生でそれなりに混雑していた。

 僕と太一は、アリーナのすぐ前にある横椅子にならんで腰かけ、ぼんやりと雑談を始めた。

「かおるちゃんは、日向さんと、結局、付き合ってるの?」

「・・・ううん、そういうんじゃないんだけど・・・・」

 僕は、何と言ったらよいものか、答えるのも骨が折れるので、そこで言葉を切ってしまった。

「横から見てると、すごく雰囲気がいいから」

 太一の顔がだんだんとにこにこ、というよりは、にやにや、という感じに変わっていく。

 僕は、さつきちゃんのお母さんが、学生の分際で好きとか嫌いとかいうのはとんでもない、という考え方であることや、とはいえ、物の考え方を広めるには男と色々なことについて話したり議論したりすることも必要だという考え方であること、外でこそこそするよりは、家や家族の眼や手が届く範囲内での‘交流’とした方がかえって健全だというのも、さつきちゃんのお母さんの考え方であることを、かなり省略して伝えた。もちろん、「日向さんが、好きだ」と僕が言ったことや、その次の日に、直接日向家で‘面通し’させられ、害をなすような人物でないかどうか確かめられた、という部分は‘省略’ではなく、‘削除’した。

「んー・・・なんだか、日向さんのお母さんと付き合ってるみたいだ」

 太一の率直な感想だ。確かに、僕とさつきちゃんの関係は、いまどきの感覚からすれば、まどろっこしい、だから何なんだ、というような関係に見えるだろう。

「でも、日向さんから、‘かおるくん’って呼んでもらってるのは、何だかうらやましいような気もする。僕はかおるちゃんのことを‘ちゃん’づけで呼ぶから、日向さんよりももっと凄いのかもしれないけど」

 僕は、だんだんと答えるのが面倒臭くなってきた。早く太一が別のことに気が向いてくれないかな、と心の中で僕は思っていた。

「でも、ありがとうね。遠藤さん、脇坂さんも、いい感じだから、今日は結構楽しみ」

 太一の言う意味がよく分からなかったので、僕はストレートに聞いてみた。

「太一は、遠藤さんと脇坂さんが気になってたってこと?」

 太一はにこにこしながら答えた。

「だって、あの女子3人組は、クラスの地味な男子の間では人気だよ。なんだか、女の子に相手にされないような男子でも、もしかしたらあの子たちなら優しくしてくれるんじゃないかって、期待してる人が結構いるよ」

「それって、3人を褒めてるのか、それとも失礼な事を言っているのか、よく分かんない」

 確かにさつきちゃんたち3人組は、地味というだけでなく、絶対に人に意地悪をしないタイプだな、という印象は受ける。もしかしたら、僕もそれをさつきちゃんに感じ取っていたのかもしれない。それは、ずばっと誰かに指摘されたら素直にそう認めるしかなさそうだ。

 5時10分前になったので、そろそろ行こうか、と立ち上がった。今から向かえば、16:55にはさつきちゃんの家の玄関前に立つことができる。5分前行動もマナーのひとつだろう。


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