表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
PR
28/70

第28話 スピードをつける(その4)

 僕は、ミーティングが終わって部室で着替え、家に向かって歩きながら、色々と考えていた。‘フルマラソン’。自分の専門の競技はどうあれ、陸上、いや、’走る’存在である人間の本能として、憧れと尊敬を感じる響きだ。フルマラソンを走り切れば、自分の人生すらまた別の段階へと進むのではないかと感じる。

 ただ、まだ、決めかねている。自分は陸上部でありながら、中学生の時も校内マラソン大会では真ん中よりも遅い順位だった。自分の脚力と心肺能力はある程度わきまえている。僕が走り幅跳びを選んだのは、小学校一年の時、初めて跳んだ立ち幅跳びの記録を、お母さんのような女の先生からめられたからなのだ。それ以来、自分は幅跳びが得意なのだという思いにしがみついて、小学校も中学校も努力してきたのだ。いわば、僕の砦のようなものなのだ。その僕が、フルマラソンに挑戦できるのだろうか。

 僕は、朝と同じように遠回りになるが、帰りにも、あの木造のおばちゃんの家の前を通ろうという気になった。今朝通ったときは、早朝から既に夏の太陽が照り付けていたせいか、おばあちゃんの姿は窓になかった。幼稚園の生徒や、小学校低学年の生徒は、夏休み間近のうきうきした気持ちからか、6月までの元気さ以上に、おばあちゃんの家の前を歩いたり走ったりして通り過ぎていったが、おばあちゃんは家の中に引っ込んだままのようだった。

 夏の夕暮れ間近、街路樹に油蝉の声は当たり前のように聞こえるが、その油蝉の声がさざ波のようなBGMに感じられるように、一匹のヒグラシの鳴き声が聞こえてくる。おばあちゃんの家の少し向こう、デパート寄りの街路樹から聞こえてくるようだ。僕は、中学3年の時まで、ヒグラシの声を聴くと、夏の終わりのような物悲しい気分になっていたが、ついこの間、太一から、ヒグラシはセミの中では夏の一番初めに鳴き始めると聞いて、随分と印象が変わった。

 おばあちゃんの家の前に差し掛かる。窓を見るが、いない。少し心配になったが、ふっと見ると、家の前のプランターに植えられた朝顔の脇に、おばあちゃんが立っていた。小柄なので、すぐには気付かなかった。

 いつも窓にたたずんでいる姿しか見てなかったが、初めておばあちゃんの全身を見た。玄関の格子戸の脇にある水道の蛇口からじょうろに水を入れているところだった。よく見ると、腰が曲がり、足も少し湾曲しているように感じる。思った以上に高齢なのだろうと、漠然と感じた。おばあちゃんがその後、朝顔に水をやるであろうことは容易に想像できたし、その様子を見ていたいとは思ったが、立ち止まるのは不自然なので、視線を左側にちらっとやりながら通り過ぎようとして、ん、と思った。

 玄関の格子戸にはすりガラスがはめられていて光は通すはずなのだが、家の奥からは電灯の光が漏れてこない。まだ日は暮れきっていないとはいえ、この日当たりの家ならば夕飯の支度や家事をしたり、あるいはテレビを見たり新聞を読んだりといったことをするには明かりをつけないとできないはずだ。明かりと同様、人の気配も漏れてこないことを、僕なりに感じた。

 もしかしたら、独り暮らしかもしれない。きょうびの時代、想像して当然のことを、僕は今日の今日まで気付かずに毎日この家の前を通り過ぎていたようだ。

 おばあちゃんの顔を見ることはできたが、それ以上に、自分の将来にも暗い雲がうっすらとかかるような気がした。おばあちゃんの家を通り過ぎた時、はっと後ろを振り返ると、神社の大きな石の鳥居の向こうに美しい夕焼けがかかっていた。本当に美しい夕焼けで、ただただオレンジ色という単純な表現しか許されないような夕焼けだった。僕は久しぶりに夕焼けが悲しいと感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ