第20話 はじまりは今(その20)
僕は、日向さんの言葉を待った。こちらから話しかけるのは正直ためらわれた。
日向さんは、しばらくうつむいたまま言葉を選んでいる真っ最中のように見える。 僕は、時間がかかっても、日向さんの思考を妨げないようにとしばらく黙っていた。けれども、そんな僕の考えとはまったく違う様子で日向さんは顔を少しまっすぐ前に向けて割と明るい感じで話し始めた。
「小田くん、昨日はごめんね。わたし、なんだかよく分からないまま帰ってしまって」
日向さんは自分の手の指をちらちら見つめるようなしぐさで、少し、目が笑みを浮かべているような感じで、なんだか僕はとても不思議な感じがした。
「わたし、あの後、家に帰ってから、お母さんに相談したんだ」
僕は驚いた。まさか、家族に相談しているなんて。それにしても、僕が言った言葉をどの程度の精度でお母さんに話したのかは分からないが、なんだか段々と恥ずかしく、気が重くなってきた。
「そしたらね、あなたは学生なんだから、好きとか嫌いとかいうのは、もう少し先の話にしなさい、って言われてね」
僕は黙って、日向さんの言葉をひと言ひと言聞いていた。少なくとも、全校集会で校長先生が話すのを聞く時よりも真剣に、聞き漏らさないようにしていた。日向さんは前を向いたまま、僕に顔を少しだけ向けて話し続けた。
「でも、男の人と話をして、お互いに理解し合うことも必要だってお母さんが言ってくれた」
僕は、日向さんが言っている言葉の意味がよく分からなくて、頭の中でその言葉を繰り返しながら続けて聞いた。
「だから、家の近くまで来てもらって、話をしたいな、と思って」




