第12話 はじまりは今(その12)
「小田、全然変わらんな」
久木田が僕の後ろに立っていた。久木田は市の南側にある高校に入学したと聞いていた。もう一人久木田の横にいる男は初めて見る人だったが、久木田と同じ高校の制服を着ている。
僕と久木田とは、久木田の側から言えば、久木田はいじめっ子ではなく僕がいじめられっ子なのであって、僕の側から言えば、僕がいじめられっ子なのではなく、久木田がいじめっ子なのだという関係だった。小学校の時は1年から6年まで、中学生の時は、久木田とは2、3年生と同じクラスだった。実際、僕は自分がいじめられていたのかどうかもよく分からない。中学の時は何回かトイレに連れ込まれて鉄パイプで腹を殴られたことはあった。鉄パイプで僕を殴るのが楽しいのが半分、鉄パイプをどこからか入手してきたことをその時傍らにいた仲間に見せたかったのが半分だと思う。それから、げんこつでなく、掌の一番硬い部分で胸を力まかせにパンチするように殴られたことがあった。その時、胸の痛みが1か月以上続き、呼吸の度に激痛が走り、陸上部の部活や大会で息が苦しくて思うように走れないようになった。医者にも行かなかったけれども、今思えば肋骨にヒビでも入っていたのかもしれない。こういったことは確かにいじめだったのかもしれない。けれども、僕は、久木田という男は、情けない男だと思った。人を殴るのに、自分の拳すら痛めようとしない。鉄パイプや掌で殴る。もっとも、僕がちょろい奴で馬鹿にされていただけなのだろうけれども。
今、中学卒業以来で僕の目の前にいる久木田は、今度は後頭部ではなく、僕の頭頂部を向かい合わせから力まかせにはたいた。僕は、自分の歯がはたかれた衝激でカチンと音が立てるのを口の中で聞いた。それを横で見ている久木田の高校での同級生と思われる男は、特に表情を変えることもなく、見るともなく見ている。
僕は、早くこの場から立ち去りたいと思ったが、久木田がどう思っているのかは分からなかった。
「小田は、鷹井高校に行ったから、もう俺からいじめられないな。」
そう言って、向こうのほうへ歩いて行ってしまった。
僕はなんだか馬鹿らしくなった。自分が情けなくもなった。久木田やその他何人かからこういう扱いを受けていた僕が、高校に入ったからといって、人並みに充実した高校生活を送ってもいいのか。ましてや誰か女の子を好きになったりすることなど分不相応なことなのではないかと思ってしまう。
さっきまで、美しい小説を探そうとしていたことにも何の意味も感じられなくなってしまい、僕はエスカレーターで旭屋のある7階の売り場から1階へと降りて行った。