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NO.6

お題:ありきたりな足 制限時間:2時間

 コツコツ


 ノッカーの音に眼鏡を外し、ステッキを取り上げ玄関へと向かった。

 ドアを開くと土砂降りの中、軍服を着た若い狼が俺に向かって敬礼をした。濡れた外套の下から丁寧に取り出された書状を受け取る。


「確認の後、御署名をお願い致します!」

「――中で待っていろ」

「いえ、自分はここで待機しております」

「もう現役じゃない。上には言わん」

「結構です、軍規ですので」


 頑な相手はそのままに書斎へと戻る。

 眼鏡をかけ直して文面に目を通し、ペンを走らせた。

 サインを終えて封筒に入れる。蝋を溶かし落としてから印璽いんじを押して封印をする。

 キッチンに寄り、残っていたコーヒーを温め直して琺瑯ほうろうのカップに移すと、玄関に戻った。


「飲んでいけ」


ドア向こうで、ずぶ濡れで白い息を吐いていた青年に差し出す。


「いえ、自分は」

「飲み干すまでやらんぞ」


 封筒を掲げてみせると、さんざん迷った素振りの後、


「――では」


 と遠慮がちにカップが受け取られた。

 立ちのぼる湯気をふうふうと崩しながら青年はコーヒーを啜り、ぶはっとむせた。

 そうだろう。時間を稼ぎ、話を引き出すために熱々にした。

 顔をしかめて舌を突き出している若狼に、「決議は通りそうなのか」と尋ねてみる。


「ハッハッ……、! す、すみません、一体何の――」

「総替えの件だ」

「あ、ああ、奴隷の。まあ、ほぼ賛成派しかいませんから、まず間違いないかと」

「そうか」

「……あの、つかぬ事をお尋ねしますが」


 ためらいつつもコーヒーを貰った事で気が緩んだのか、


「――こちらでは、奴隷を飼っていらっしゃらないのですか?」


 と若狼が訪ねてきた。

 

 ひょいと出た質問に即座に口が動かない。


 俺の沈黙をどう受け取ったのか、


「失礼致しました、御不自由はないかと思いまして」


 と若狼は慌てて低頭した。


「いや、案外一人でも何とかなるもんだ」

「ですが、軍から奴隷が支給された筈では」

「喰った。もういない」


 返答に、青年は納得したように頷いた。


「そうですか。では新しい兎を送る手続きを」

「年を取れば誰でもガタはくる。いちいちこのような足如きで手を借りずとも生活はできる」


 不自由な選択を選ぶ事が相手は納得できない様子だった。

 だが所詮は縦社会である。

 頷くと、若狼は敬礼した。


「では、もし御入用の際はいつでも申請されてください! すぐに手配致します!」

「ああ」

「御馳走様でした! それでは失礼します!」 


 琺瑯カップを受け取ると、俺は去っていく外套の後ろ姿を見送った。




【循環を促す為の定期総入替え案】。


 俺が先日新聞で知り、先程署名をしたばかりの兎奴隷に対する新案だ。

 


 戦争が終わりしばらくは、奴隷となった兎達は所有者に好きなように襲われ弄ばれ、食われていた。

 だが、時の流れと共に、少しずつ状況は変化する。


 奴隷相手に情が移る狼が出てきたのだ。


 政府が望む兎は、金をかけずに調達ができ欲望の捌け口であり続ける位置だ。手軽な発散対象をぽんぽんと与え続ける事で不満因子の芽吹きを抑え、結束力を高める効果を狙っていた。


 だが、気紛れに襲ってはみたものの、うっかりと恋に落ちる狼が出だした。

 やがて、兎にも自分らと同様の権利を与えるべきだという声が狼側からもあがりだす。


 おそらくそれを政府は食い止めたいのだろう。


・国内における各屋敷の奴隷を期限までに食すか提出をする事。

・施行日より新しい奴隷が配布される。

・定期的に循環を行い、奴隷の質維持を目的とする。


 決議の為の署名集め。

 つまりは同時に、親兎派の炙り出しも兼ねる。



 琺瑯マグを洗い、シンクに置く。窓辺に飾った赤い花をじっと見る。

 


 昨日、リハビリ先の公園にて再び飴屋を見かけた。

 近付いて、いつかと同様にハイビスカスを注文すると、


「旦那、今日は真っ白なお嬢さんは御一緒じゃないんで?」


 と笑顔で尋ねられた。


 市民ですら、認識が変化してきている。

 無理なてこ入れは、いずれ必ず歪みを生むだろう。


 

 俺はビニールを取り出すと、飴の花を包んだ。新聞紙で幾重にも巻くと、みすぼらしい花束のような作りになった。


 書斎に戻り、チェストの上から二番目、右の引き出しの中身を取り出す。

 軍服を着て勲章を付けた過去の自分が、老いた俺を鋭い目で見ている。


 話せぬ負い目を抱えていた。

 ここに写っていたのは部下だったかもしれぬ。そんな苦い思いを抱えつつも、写真と記事を奴の形見の代わりだと、そうして自戒の為だと称して残していた。

 だが、本当は。

 本当の俺は。


 栄光に、縋りたかっただけなのだ。



 俺は記事を両手でつまむとずたずたに引き裂いた。

 書斎中をかき回し、自身に関する記事や書簡を全て一か所に集めていった。

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