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NO.4

『三題創作バトン』より3つのお題を選択して執筆。

【テディベア/ブランコ/アイス/落ち葉/向日葵/海水浴/俄雨/天の川/電車/熱帯夜/梅雨/鍵盤/ハーブティー/嵐/帳簿/ハニータルト/飴細工/翼/古書店/親友】

より、

ハーブティー、飴細工、俄雨

を選択進行。


 朝食を終え、新聞紙を拡大鏡で睨みつけながら一面と政治欄をなんとか読み終える。そうして次に確認するのは、今日の天気だ。

 医者から、日に一度はリハビリと日光浴を兼ね散歩をするようにと言われている。晴れた日が前提の事なので、自然と天気を気にするようになった。


 兎がティーポットを持ってくると食後の茶を淹れた。ふわりと立った湯気の白さは俺の霞がかった視界によく似ている。

 ティーカップを鼻に近付け、嗅いだ事の無い匂いに思わず鼻に皺を寄せてしまった。


「……なんだこれは」

「あ、あの、ハイビスカスという南国の花でつくられたお茶です。は、ハーブティーといって、とても身体にいいと聞きましたので、それで」


 目を凝らして覗くと、茶の色は澄んだ赤色をしていた。

 顔を上げて兎を見る。おろおろしているその瞳の色と全く同じだ。

 口を付けると、予想外の酸味に眉間にまで皺が寄ってしまった。


「もっ、申し訳ありません申し訳ありませんっ」

「――いや。悪くない」


 飲み干すまでにかなり時間はかかったものの、確かに色はいい茶だと思った。



 外出用のステッキがいつもの位置に見当たらない。ようやく兎が探しあてた頃にはいつもより随分と遅い午後の散歩となってしまった。

 ただ近所を歩くだけだというのに支度から一仕事だ。仕立ての良いジャケットとパンツを身に着け、メルトンのコートに軍帽と似た型の帽子を被り、銀縁眼鏡をかけた。

 馬鹿らしいことだが、俺は一応元軍人であり勲章を授与された男だ。だらしない格好で徘徊すれば軍より指導書簡が送られてくる可能性がある。


 ステッキを使いつつ、自分の力でのろのろと歩く。本当は横に兎が付き添い手を添えた方がいいらしいのだが、俺がそれを拒んだ。兎は俺から数歩離れた後ろから黙って付いてくる。じゃら、と時折鳴る首の鎖が、彼女がそこにいるのだと教えてくる。

 一歩。

 また、一歩。

 見栄もたまには役に立つ。意地で一人で歩いているおかげで、兎を家に入れた頃よりは随分とまともに歩けるようになってきた。いいリハビリだ。


 かなりの時間をかけて、ようやく公園に辿り着く。

 ベンチに腰を降ろして兎の姿を確認すると、彼女の視線は一点で止まっていた。

 鮮やかな色の旗や風船を付けたリヤカーの屋台。


「はい、飴屋の飴だよーっ」

「美味い飴!」


 威勢のいい掛け声の周りに子供達が群がりわいわいと騒いでいる。

 再び立ち上がって歩き出すと、慌てたようにじゃら、と後ろで音がした。


 飴屋の屋台に近付くと、温く甘い砂糖の匂いがした。

 林檎や花、鳥などを模した飴細工がいくつか棒に刺さって並んでいる。


「何でも作れるのか」

「へいっ、らっしゃいっ! 勿論何でも作れまさあ!」

「――何がいい」


 振り返って兎に尋ねると、きょとんとした顔で見返された。


「飴だ。何を作って欲しい」

「ええっ!? あ、あのっ……」


 兎の耳が驚いたようにピンッ! と跳ねると、口元に手をやりおたおたと慌てだした。


「……『ハイビスカス』という花は作れるか」

「へいっ、ハイビスカス一丁っ!」


 飴屋はできたてあつあつの飴に色粉を混ぜ、こね、伸ばし、鋏でチョキチョキと細工をしながら、あっという間に一輪の赤い花を完成させた。

 金を払い、艶やかに光る出来立ての飴を受け取ると、


「帰りに食え」


 と兎に渡した。

 兎は呆然としたように飴細工に見惚れた後、小さな声で礼を言った。


 晴れだと書いてあったはずなのに、帰り道で俄雨にあった。

 打ち付ける激しい雨が元より悪い視界をますます見えにくくさせていく。

 兎が俺に手を差し伸べようとしてくれたが、大人しくそれに甘えるのが癪で、俺は黙って雨に打たれたまま家まで一人で歩き続けた。



 秋口の俄雨なぞ浴びるものではない。

 帰宅後、べっとりと張り付いた服を脱ごうとしてもうまくいかず、ほぼ兎に任せてしまう形になってしまった。

 兎は俺にガウンを羽織らせると、そのまま寝室へと連れて行った。


「お風呂を沸かすまで時間がかかりますから、どうぞ横になられていて下さい」


 そう言って退室しようとした兎に、


「――飴は食ったか」


 と俺は尋ねた。


「あ……」

「食ったかと訊いている」

「いえ……あ、あまりにも綺麗でしたので……あの、勿体無くて……」

「持って来い」

「でも……」

「持って来い」


 俺の言葉に兎が持ってきたのは、どろりと溶け崩れかけたぶ格好な花だった。


「も、申し訳ございませんっ!」


 ぎゅっと目を閉じて兎が答える。カタカタと震えているのは叱られる事への恐怖もだろうが、寒さからなのだと塗れた彼女の服を見て気付いた。


「食え」

「えっ? あの、でも先にお風呂を沸かさなければ、お風邪を」

「食え。

 ……ここで食え。この中でだ」


 腰をずらしてベッドの隣に空きを作る。


 ずぶ濡れの服のままでいる彼女を早く暖かな場所に入れたいだけだ。

 飴を食わせたいだけだ。

 そう、自分に無理矢理言い訳をする。


「あ、あの……私……」

「服を脱げ。そのまま飴を持って潜ってこい」


 そう言って背を向ける。

 どのみち奴隷は主人の命令を聞かねばならぬのだ。

 

 静まり返った室内にごそごそという音だけが小さく響く。

 やがて、「し、失礼します……」と消え入りそうな声と共に、シーツがそっと持ち上がり、ベッドのスプリングが小さく軋んだ。

 振り返って確認すると、兎が胸元にシーツをたぐりよせているところだった。手には俺が命令したとおり、赤い飴細工を持っている。

 俺の視線に気付くと、兎はうつむき、困ったように耳を垂らした。


「食え」

「は、はい」


 兎は慌てて舌を出すと、赤い花弁を舐めた。ぐっしょりと崩れかかっていた飴細工は、丁寧に舐め取られるうちに再び艶を取り戻していく。


「美味いか」

「は、はい」


 両手に棒を持ち懸命に飴を舐める兎は、決して俺の方を見ようとはしなかった。


 かなりの時間をかけてようやく飴が無くなった頃、少し意地悪を言ってみた。


「俺も食いたかったんだが」


 びよんっ! と兎の身体がバネのように跳ねた。


「もっ、申し訳ございません申し訳ございません申し――」


 腰に手を回して引き寄せると、ようやく兎は口をつぐんだ。相変わらず震えているその身体は、やはり芯から冷え切っていた。

 抱き寄せる格好のままシーツに深く潜り込ませる。そのまま顎に手をあて顔を上げさせると、あの日以来になる接吻をした。

 兎は酷く緊張して固く唇を引き結び、ぎゅっと目を閉じている。


「口を開けろ。飴が食えん」

「は、はい」


 恐々と開かれた唇から舌を挿し入れ撫で回す。兎の口からは香料と砂糖の味がした。

 開いてきた口元にあらためて深く口付けをし、ゆっくりと彼女に染み込んだ砂糖を唾液ごとすくい取る。鼻呼吸がしやすいよう気を付けて顔を動かし、差し入れた腕と反対の手で彼女の耳を撫でた。

 兎の身体からは、いつの間にか震えと強張りが消えていた。ゆるやかな水音に混じって吐息混じりの声が溢れだし、俺の耳を刺激する。その声をもっと聞いていたくて、できるだけ丁寧に時間をかけて、俺は彼女を味わい続けた。


 食うのではなく、雌としての兎が欲しい。


 そう望めば、きっと彼女は大人しく俺に従うのに違いない。

 ――奴隷として。


 ようやく唇を離し彼女の口元をガウンの袖で拭ってやりながら、


「甘かった」


 と教えると、兎が俺を見上げる気配がした。いつの間にかすっかり夜になっていたためカーテンを引いた部屋の中ではその表情までも見ることはできなかった。 


「飯はいい。飴で腹が膨れた。今夜はこのままここで寝ろ」


 そう言うと、


「いえ、そんなわけには」


 と慌てて起き上がろうとしたので、俺は再びその身体を抱き寄せた。


「また襲われたいのか」


 あの時と同じ台詞で脅すと、少しの間の後、


「……はい」


 という消えそうな声と共に、そっと胸にしがみつかれた。

 

 想定外の反応に年甲斐も無く動揺し、顔が熱くなる。


 違う。

 勘違いをするな。

 奴隷だから、兎だからだ。

 主人の機嫌を損ねないよう、食われまいとしているだけだ。

 そもそも親子ほど年の離れた俺の事など、好いてくれる筈がない。

 それに、俺は戦争でお前達兎を散々――。


 閉じた瞼に手を押し当て、昂ぶる気持ちを必死で抑える。

 兎から無理矢理身体を引き離すと、背を向けて横になった。


「……寝ろ」


 やはりそんな事しか言えない己の口下手さを恨めしく思った。



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