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NO.3

お題:出来損ないの夜中 制限時間:1時間

【奴隷兎】


 掃除中、チェストの上を拭こうとして、古い書簡集が置かれているのに気付きました。

 紙は水を含むとふやけてしまいますから、そっと気を付け持ち上げましたが、ぱらりと中の一枚が抜け落ちてしまいました。

 拾い上げ、元に戻そうとしたところで、私は思わず手を止めてしまいました。


 それは一枚の新聞の切抜きでした。日付はもう十数年も前のものです。

 記事の見出しには、『英雄勲章を授与』とあり、色褪せた写真には一匹の狼の姿が映っていました。

 軍服を着て勲章を付けたその瞳には鋭い眼光が宿っています。


 夢中になって記事を読んでいた私の上に、ゆらりと暗い影が落ちました。


「――見るな」


 すっ、と記事を取り上げられたため、私は慌てて「申し訳ありません!」とお詫びをしました。

 ご主人は記事に手をかけ破り捨てようとされました。ですが、思い直したように手を止めると、黙って書簡集にそれを差し込み、


「上から二番目の右の引き出しに入れてくれ」


 と言いつけられました。


 急いで言われた通りにしながらも、わたしは小さな胸の高鳴りを感じていました。

 写っていた写真の姿を忘れまいと、何度も思い返していました。




 就寝前には毎夜、文字の小さな本の読み聞かせします。

 今宵もいつものようにベッド脇で読み聞かせを終え、ランプの灯を消そうと立ち上がりました。と、ふいに手首が掴まれました。


「……あの?」


 驚き、問いかけようとした次の瞬間、ベッドに引きずり込まれていました。

 荒い息を吐き私を血走った目で見ている主人の顔を見て、私は悟ります。


 ああ、今宵こそ食べられるのだと。

 だって、兎はもともと食べられるためにいるのです。


 ご主人は今までどれだけ我慢をされてあったのでしょう。

 この方になら、食べられてもいいと思いました。


 ご主人の牙が私の首筋にかかります。ぼたぼたと落ち首筋を濡らす涎、低く恐ろしい唸り声。

 恐怖にかちかちと歯を鳴らしながら、これでいいのだと私は自分に言い聞かせました。


 ――ここで終わってしまわなければ、私はきっと、貴方を。


 けれど、いつまで経っても私の喉は食い破られませんでした。

 重く大きな身体に圧し掛かられたままでしたから、私はだんだんと圧迫された胸で息を吸うのが苦しくなってきました。


 身を捩じらせ、何とか息をつこうと喉を仰け反らせたところで、私は口を塞がれました。

 一度息を吐ききったところでしたから、苦しさにじたばたともがき、酸素を求めて口を開きます。そこにぬめりのある温かなものが入り込んできました。

 うまく呼吸ができぬまま受け入れ続けているうちに、だんだんと頭に紗がかかったようになっていきました。とても苦しかった筈なのに、気付けばその動きに合わせて自分も舌を突き出し、応えるように絡めていました。


 涙が溢れるのは、嬉しいからです。


 ご主人に求めてもらえたのが、幸せだからです。

 



* * * * *


【退役狼】



 ひとしきり口腔内を蹂躙したところで、俺は自分のやった過ちに気付いた。

 兎はぴくぴくと耳を震わせ涙を流しながら、俺の舌を受け入れていた。ゆっくりと口を離すと、は、と大きく息を漏らしてから、俺を怯えた赤い瞳で見上げてきた。


 思わず喉がごくりと鳴る。性欲からか食欲からなのかは自分でも分からない。

 おそらくはその両方だ。


 俺は黙って身を起こすと、ベッドから降りようとした。立てかけていたステッキは床に落ちてしまっていたため、自力で立とうとしたものの少しよろけてしまった。


「あ……」


 慌てたように兎が身を起こし、俺の腰に手を回そうとする。身なりを整えぬままなため、彼女の衣服はくしゃくしゃに乱れ、はだけた襟元はそのままだ。

 

 ――若い雄狼じゃあるまいし、何を色気づいている。


 そんな自虐的な後悔と裏腹に口を付いたのは、


「また襲われたいのか」


 という冷たい台詞だった。


 ぱっ、と兎の顔が朱に染まり、慌てたように襟元を調える。


 それでいい。

 下手に乱れたままでいられると、俺の理性が持たない。


 自分から襲ったくせに、そんな身勝手な思いで顔を背けた。



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