NO.2
お題:馬鹿な馬鹿 制限時間:1時間
餌を愛する老いた狼。
そう言葉にしてみれば、いかに愚かで陳腐かがよく分かる。
禁断の恋。
許せざる関係。
その響きには、浪漫と甘美な夢が詰まる。
だが現実は非常だ。
彼女が俺を見上げる顔はいつも怯えが混じっている。
そうだろう。
主人のその日の気分で何時食われるともしれぬ日々に、誰が希望を見いだせる。
「よく見えん」
差し出された新しい老眼鏡をかけ、新聞を広げて呟けば、はたりと兎の耳が垂れた。
――そんなに怯えるな。
そう伝えたくとも、声のかけ方が分からない。
外出用のコートを着て立ち上がろうとした俺に、兎が支えようと手をかける。元は白く柔らかな毛並みであっただろう前脚は、今では汚れて擦り切れている。
立ち上がり、ステッキに手をかけようとした俺は、手を滑らせ転んでしまった。助けようとした小さな身体を巻き込む形で敷いてしまう。
俺の分厚い胸の下で小さな身体がひくひくと動く。悲鳴をあげまいと必死で堪えているのだろう。
身を捩ろうとして見下ろせば、白い喉が目に入った。震える身体に赤い目が俺を見上げている。
途端に狼の血が興奮し、喉から唸り声があがった。滾る本能のまま喉笛を食い破りたいのを、俺は必死で堪え、牙を食いしばった。口元からぽたぽたと落ちる涎が兎の頭上に降りかかる。
「――怪我は無いか」
問いかけに、兎は必死に首を横に振る。
彼女の名を呼ぼうとして、それすら知らないのだと気付いた。
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ご主人は、以前軍で活躍されていた方だとお聞きしています。
ですが、主人が気を荒げた姿を見たことがありません。
軍の方は皆気性が激しく、奴隷となった者は皆、弄ばれた挙句食べられるのだと聞きました。
それが私達兎の運命ですから、いつ食べられてもおかしくないと、そう覚悟をして仕えています。
「――怪我はないか」
遥か彼方からそう尋ねられ、私は首を振りました。
ぽたぽたと落ちた唾液を見て、てっきりこれから食べられるのだとそう思っていましたから、労りの声を掛けられて、私は仰天してしまいました。
初めて湧いたこの気持ちは、いったいなんというのでしょう。
私は愚かな兎です。