2th.
耳に残る甲高いホイッスルの音。泣き崩れる3年生。苦い顔で下を見る2年生。そしてただ呆然とする1年生。高校サッカーにおいて毎年恒例の光景だが、矢白にとって、今年のそれは少し早くやってきた。
名門矢白高校、全国高校サッカー選手権県予選準決勝敗退
3年ぶりの県予選敗退。しかも準決勝で敗れたのは6年ぶりである。多くの2年生は「先輩たちの分まで俺たちが…。」とか「来年は必ず汚名返上してやる。」とか、新たな決意を胸に秘める。そしてそれは、補欠の俺にとっても例外ではなかった。ただ、その決意は少々歪んだものだった。
「これで俺にもポジションが空くはずだ!やってやる!やってやる!やってやる!」
先輩達には悪いが、これは補欠の俺にとってチャンスだ。絶対にレギュラーをつかむ。そんな決意を胸に、試合会場を後にしバスに乗り込む。
「お前、顔が悲しんでないぜ。」
隣に座る卓郎があきれた顔で話しかけてくる。
「ば、ばれたか。まぁ、試合出てたお前には悪いけど、今夢と希望に満ち溢れてるから俺!」
通路を挟んだ席に座る3年生がこちらを睨む。
「おい補欠、ふざけんじゃねえぞ!」
小さな声だった。でも、その声には迫力があって、俺の身体は硬直した。ヤバイ。殴られるかも…。
「みんな聞いてくれ!」
そのとき、バスの先頭にのっている監督が突然話し始めた。俺を睨んでいた3年生も監督の方を向く。
「俺はこの大会を最後に矢白高校を去ることにした。」
バスの中はざわついた。監督が…辞める?
この一ヶ月、本当にいろんな事があった。卓郎に連れられ、憧れのサッカー選手・狩野健二のチームでフットサルと出会ったこと。高校サッカー選手権でまさかの県予選準決勝敗退したこと。それに伴う3年生の引退。そして、監督の辞任。
監督の辞任については、プロチームではないから、更迭なんてことはありえないのだが、監督なりに責任を感じていたのだろう。使ってくれない監督がいなくなった。今、風は猛烈に俺の背中を押してくれている気がした。
しかし、俺はレギュラーにはなれずにいた。紅白戦には出ることができるようになったが、レギュラー組ではなくサブ組としての出場だった。レギュラー組の攻撃陣には新たに留学生としてやってきたカメルーン人のパトリックとブラジル人のサントスが入った。パトリックのスピードや身体能力は凄まじいものだし、サントスはブラジル人らしい独特のリズムとテクニックをもっていた。
「くあああ!せっかく運がついてきたと思ってたのに!」
紅白戦を終え、俺はサブ組を表す黄色のビブスを脱ぎ捨てた。卓郎はというと、相変わらず司令塔としてレギュラーの中でも絶対的な存在として君臨していた。悔しいことに、卓郎、パトリック、サントスの3人の攻撃陣が織りなす多彩な攻撃は見ていてワクワクするし、来年は全国でもいいところまでいけるような期待を抱かせるものだった。
「ヤツらについていかなきゃ…。」
俺は俺で練習に明け暮れていた。毎日の部活に加えて、フットサルに通い、筋トレも始めた。人生で初めてと言っていいほどの努力。中学まではなんとなく感覚でプレーしてるだけで活躍できてたから、練習なんて如何にサボるかしか考えてなかった。
「卓郎!先にフットサルいってるぜ!」
とにかく練習したかった。上手くなりたい。俺はジャージのままグラッツェの練習に向かうのが日課になっていた。
「ちわっす!」
挨拶を済ませてフットサルシューズをはく。
「気合い入ってんなあ隼人。鬼気迫る感じだ。」
この頃には、グラッツェの人たちにも呼び捨てで「隼人」と呼ばれるくらい打ち解けていた。
「ついに俺も3年になるんで…、なんとしてもレギュラーになりたいんす。」
真剣にボールを追いかける姿を評価してくれる人も多かった。「お前変わったな。」と言われるようになったし、手ごたえもあった。しかし、同時にチームメイトと試合中に口論となることも増えた。
「エゴイストってヤツか…。」
PM10:00。客の減った夜のファミレスに狩野健二はいた。
「俺はさ、昔からボランチでとにかく走りまわって周りフォローするスタイルの選手だったから、正直ああいう選手は苦手だ。」
狩野健二はコーヒーをすすると、対面に座るアゴ髭の男につぶやいた。
「それは俺が苦手だったと言いたいのか?」
アゴ髭の男は苦笑いしながら狩野を見る。
「苦労したよ。お前のせいで攻撃陣はいっつもパス出せだのなんだのって喧嘩三昧だったからな。」
狩野も苦笑いをする。
「でも、最後は一つになれた。あのときのサッカーは俺のサッカー人生で最高に楽しかった。」
アゴ髭の男はかつての思い出を嬉しそうに語る。
「だからさ、あいつらは俺たちみたいになれると思うんだよ!頼む、この件、頼めるのはお前だけなんだよ!」
狩野は少し困ったような表情でその願いを聞く。
「でもあの試合、俺たちは負けた。もちろん、俺にとってもいい思い出だけどな。あのサッカーには欠点がある。そんなサッカーは彼らに押し付けていいのか…。」
狩野は手元のコーヒーに目を落とす。
「お前の作ったフットサルチームの名前。グラッツェ…。あれはイタリア語で『ありがとう』って意味だろ?お前は後悔なんてしてないはずだ。むしろあのサッカーをした仲間達に感謝してる。違うか?」
アゴ髭の男が真剣な眼差しで狩野を見つめる。
「そうだった…、かもなぁ。一番自分かってなプレーしてたお前に言われるなんて変な感じだ。」
狩野はまた笑うと小さく頷いた。
「やってみるか。」
狩野はコーヒーを飲みほし、アゴ髭の男と握手を交わした。