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1th.

 北国のくせに、この地域にはあまり雪が積もらない。代わりに強い風が吹き荒れる。寒くて手足が冷たい。中学の時は寒いなんて感じたことはなかった。むしろ、熱くて汗をかきながらサッカーボールを蹴っていた。


あの頃は…。




「おいっボール拾い!」


 大柄な男に声をかけられ、足元を見るとサッカーボールが転がっていた。


「あっ、すいません!」


 足の内側で男にボールを蹴ってやると、男は当然のように礼も言わずボールを拾い上げ両手でピッチの味方に投げた。




 矢白高校。毎年全国高校サッカー選手権に出場しているサッカー名門校。と言っても、それは県内における話であり、全国大会では国際交流科の留学生が注目される程度で、一回戦で敗れるのが恒例である。


 それでも、この高校から声がかかったのは嬉しかった。



戸ヶ崎隼人。

身長165㎝。特技ドリブル。いちおう中学時代はエースだった。


「君のドリブルは素晴らしいな。是非、我が矢白高校に。」


 中学3年、最後の総体。5人抜きを達成してゴールを決めた試合の後、眼鏡をかけた30代くらいの男に声をかけられた。弱小中学の自分を、まさか矢白高校の監督が見てくれているなんて思ってもみなかった。


 5人抜き決めたし、あの矢白高校の監督が認めてくれた。正直、調子にのった。


 しかし、現実は違った。いざ入部すると、まったく試合に出してもらえないのだ。それでも1年生のうちは仕方ないだろと思うことにした。だが、2年の冬になった今でさえ、紅白戦にすら出ることができずに、ボール拾いをするのが現状である。





 俺は強い風に吹かれ、マフラーに顔をうずめながら帰路についていた。


「疲れたぁー!」


 隣を歩くのは前田卓郎。同じ矢白高校サッカー部の2年生。すでにエースナンバー10を背負い、チームの司令塔として君臨している。


「いいよなエースは。俺は全然疲れてない。2年の冬に紅白戦も出れないなんて俺ぐらいだ。」


 卓郎に悪気はないのだろうが、ボール拾いにとって「疲れる」という言葉がうらやましかった。


「大丈夫だって!お前のドリブルすげえもん!そのうち出れるさ!」


 1年の頃からコイツとは仲が良かったが、サッカー部のエースと補欠という差が生まれてからは、正直あまりいっしょにいたくなかった。


「あ、そーだ。お前これから時間ある?」


PM8:00

近くにカラオケもない田舎の高校生がこれから予定があるわけもない。


「とくにないけど…?」


 そういえば卓郎は練習後いつも自分の家とは別の方向の俺といっしょに帰っている。彼女の家にでも回ってから帰っているのだろうと思っていた。


「じゃあさ、フットサルいこーぜ!今日人数足りないから誰か呼べって言われてんだ!お前疲れてねえんだろ?」


 たしかに疲れてはいなかったが、意外な提案に言葉が出なかった。


「フットサル…?お前、毎日練習後にフットサルやってんの?」


 どうやら彼女の家に回っているわけではないようだ。それにしても練習後にフットサルにいくなんて…。


「あれ、言ってなかったっけ?FCグラッツェっていうチームなんだけどさ、けっこう上手い人多いんだぜ!」




FCグラッツェ。

聞いたことはあった。でも、社会人のフットサルサークルなんてしょせん腹の出ている中高年とか、ちょっとサッカーかじったことのあるオッサンとか、そんな人たちの集まりだと思っていた。




「ついた!ここだ!」


 卓郎に連れて来られたのは市民多目的ホール。家からは近かったが、小学生の時に地区の行事か何かで訪れて以来だ。


「こんにちは!友達連れてきましたよ!」


 卓郎の挨拶と共に視線が俺に集中する。意外と若い人が多い。20代くらいの人が多いだろうか。


「ど、どーも。戸ヶ崎隼人っていいます…。」


 少しビビっていた。金髪にピアスをつけている人もいる。正直恐い。


「隼人君って言うのか。よろしく!」


 小太りのオジサンが笑顔で反応してくれた。よく見ると金髪ピアスの連中も笑顔でこっちを見ている。よかった。いい人そうだ。


「それじゃ早速だけど今アップ終わって紅白戦するとこだから、卓郎君が赤で隼人君が白に入ってくれ。」


 小太りのオジサンが仕切っている。この人が一番年上なんだろうか。そんな事を考えながら、足のサイズが同じ卓郎のフットサル用シューズを借りて久しぶりの紅白戦に臨んだ。


 デブが仕切ってるようなチームだ。補欠とはいえ、名門矢白高校のサッカー部員である俺がこんな人たちに負けるわけない。久しぶりの紅白戦だ。得意のドリブルで切り裂いてやるか。俺はそんな事を考えていた。


 しかし、ここでも俺は何もできなかった。とにかく早い。攻守の切り替えも、パスも。さっきのデブにすらついていけない。というか、あの人が一番上手い。




「はい時間!10分休憩挟むよ!」


 デブの声で前半が終わる。


「いやぁ、さすがっす狩野さん。今日こそは抜いてやろうと思ったのに。」


 卓郎がデブに話しかける。


「いやぁ、さっきのは危なかったわ。まさかエラシコとは。」


 狩野…?どこかで聞いたことがあるような気がする。そういえば顔も見覚えが…。狩野狩野狩野…。


「太ってもやっぱ元Jリーガーっすね。」


 卓郎の一言でチーム全員が笑う。そして、俺の脳裏に懐かしい名前が浮かんだ。




狩野健二。

元横浜マリアスのミッドフィルダー。日本代表とは無縁だったけど、ミスターマリアスなんて呼ばれてて、サッカー不毛の地と言われた、この北国から生まれた唯一スーパースター。この人に憧れて、俺はサッカーを始めた。


「か、狩野健二選手…?」


 俺は思わず先ほどまで心の中でデブと呼んでいた男を凝視した。


「ん?言ってなかったっけ?グラッツェは狩野さんが作ったチームなんだぜ。」


 いやいやいやいや!言ってないから。恥ずかしい!紅白戦の前の調子のってた自分を消したい。


「きっと、お前に足りなかったもんがみつかると思うよ。」


 卓郎がニヤッと笑う。そういえば紅白戦の人数は足りている。人数が足りないってのは嘘か…、コイツ、確信犯だ。




 少々卓郎を恨んだが、憧れの狩野選手とボールを蹴れる。憧れの狩野選手が作ったチームでボールを蹴れる。そして久しぶりの紅白戦。


 古びた市民多目的ホールが輝いて見え始めた。

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