表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドンちゃん

作者: 松本 和

高校の生物室には蛙がいた。大きい蛙で水の中でしか生活をしない蛙だった。

どんな種類の蛙なのかは知らない。…別に興味もなかった。


初めてその蛙を見たときにその大きな体と丸いお腹からか、『ドンちゃん』という名前が浮かんできた。


だから私はその蛙をドンちゃんと呼ぶようになった。

生物室には掃除の時にしか行かなかった。掃除で生物室に行く時はいつもドンちゃんのことを考えていた。ドンちゃんは生物室に入ってすぐのところにある水槽の中で暮らしていた。


ドンちゃんはめったに動かなかった。いつも決まって両手を顔の横に漂わせたまま動かなかった。…そのお決まりのポーズが好きだった。時々手を舐める仕草をした。素早く手を動かして、大きな口で手を舐めた。


一度、ドンちゃんに餌をあげたことがある。ドンちゃんの餌はレバーだ。私はレバーが嫌いだから餌をあげるのがちょっと嫌だった。

椅子に乗って水槽の上からピンセットを使ってレバーをあげる。


私はドンちゃんが近づいてきて食べるんだと思っていたけど、ドンちゃんは餌を食べに近づいては来なかった。


私はレバーを挟んだピンセットをドンちゃんの口の近くまで持っていった。


ドンちゃんは両手をワサワサと動かして、目にも止まらぬ速さでレバーを食べた。

両手をあまりにも素早く動かすので溺れて、必死にもがいているように見えた。

…ドンちゃんに餌をあげたのは、その時の一回きりだった。もっとあげられればよかったのに…。


ドンちゃんと会ってから半年がたった。久しぶりに生物室の掃除当番が回ってきた。

入ってすぐに水槽を覗きこんだけと、ドンちゃんはいなかった。




「どうしていないんですか?」

…と生物の先生に聞いたら

「死んじゃったんだよ。」

と言われた。




悲しくなんてなかったよ。‥…ただの蛙だもん。私が名前を付けただけ。餌をあげただけ。

…ドンちゃんと呼んで、可愛がって…。それだけ。


それだけ。なのに、どうして時間がたつにつれて寂しくなるんだろう。


どうして生物室に行くたびにもうドンちゃんがいるはずのない水槽を覗いてしまうんだろう。



ドンちゃん。寂しいよ。

いつの間にそんなに私に好かれたの?……生物室に行くたび、寂しいよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 名前をつけて、呼ぶだけで愛おしくなる。それは人間よりも、花や木や蛙の方が、より顕著にあらわれることなのかも知れませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ