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三鷹水系、応答なし。


朝から吹いていた風もやみ、ただ雪が深々と降っていた。

基地のフェンスを警護する兵士の頭や肩に雪が積もり、着こんだ兵士は煩わしく払っていた。

時折、上空を通過する戦闘機の音だけが長く尾を引いた。


基地の中の一番高い司令官室。

エアコンの温風が勢いよく部屋を暖めていた。

少し肌寒い薄着の司令官と、着こんだ軍曹が、向かい合わせに立っていた。

二人は報告書を読み終わるのを待った。


戦闘機の音よりも、その部屋では時計の針の音が大きく感じた。


基地内発砲事故調査報告書

『外的攻撃および第三者介入の痕跡は認められず。

 調査の結果、喪失していた記憶の再現が発生し、当人の精神的負荷が急激に増大した可能性が高い。

 同一症例においては、継続的任務遂行が困難となるおそれがある』


「軍曹、これが君の結論か」

司令官は眼鏡を外し、報告書を閉じながら軍曹を見上げた。

「はい」

「よくやった。上に回しておく」

「一つお願いがあります」

「言ってみろ」

「この件の記憶を処理してください」

「なぜだ?」


「報告書の条件に、私も当てはまります」






軍曹は薄緑の衣服に袖を通した。

案内された部屋はタイル張りで、裸足で歩く床は古いバスルームのような感触だった。

古ぼけたMRIのような装置に横たわり、軍曹は頭部を固定された。

機械の輪の向こうから、バインダーを持った技師が声をかける。

「アレルギーは?」

「ありません」

「持病は?」

「ありません」

「特に残したい記憶は?」

「ありません」


それ以上、技師は何も話さず、部屋から出て行った。

機械は定期的に低い唸りを鳴らしていた。

ゆっくりと音が高くなるにつれて軍曹は目を閉じた。


ガラスの向こうで技師が装置をいじる。

モニターには軍曹の脳の断面図が映し出されていた。

そこに司令官が横に立った。

「記憶庫Mitakaの反応は?」

「ありません」

「……進めろ」


静かにキーを叩き、椅子にもたれながら赤いマグカップを一口すすると、眉にしわを寄せた。

「ぬるいな」

そう呟くと同時に機械は高い音を立てて作業を始めた。

向こうの部屋が白く光り、ガラス越しに明かりが差し込んだ。

技師も司令官も、そちらは見なかった。

ただ、目の前のモニターを見ていた。


モニターの隅に『削除完了』と表示された。

直後にエラーコードが出た。

『保存失敗 

 保存先:Mitakaから応答なし』

技師はそれを一瞬だけ表示させたが、よく見ずにそれを閉じた。




気づくと、俺の前で光が揺れていた。

誰かがペンライトを目に当てていた。

それを払おうとしたが、手足が動かない。

手首につながれた金具が音を立てた。

「ここは…?」

「経緯はこちらに」

白衣を着た男はバインダーを差し出した。

まだ眠たい目を擦りながらバインダーの紙をめくった。

機密任務完了に伴い、関係記憶の吸出し。

署名は俺の字だ。

それ以上は読む気がしなかった。


気づくと拘束は解かれていた。

立ち上がると、床が足の裏に吸い付いた。冷たかった。

狭い部屋だった。床はグリーンのタイル張りで、空気は冷えていた。



「ご苦労だった」

声に振り向く。高い階級章が目に入った。

反射的に敬礼した。

「ありがとうございます」

服がビニールのような音を立てた。

「奥で着替えてこい」



軍服に着替えると規定通りに私物の確認を行った。

銀色のトレイに数点の私物が詰められていた。

バインダーにはいくつかの小物が記載されていた。

『その他一点』

曖昧な書き方だった。

階級章や勲章を軍服に付け直すと、トレイの奥から小さい何かが出てきた。

銀の十字架。


これの事か…。

心当たりはなかった。だが、他の私物も同じだった。

まあ、溶かせばいくらかになるか。

十字架をポケットにしまい、軍服を整え、更衣室を後にする。


更衣室から出ると廊下で司令官が待っていた。

軍曹の足元から、紙切れが一枚すべり出た。

司令官はかがんで拾い上げた。



それはガソリンスタンドのレシートだった。

司令官は何も言わず廊下のゴミ箱に捨てた。


「なんですか?」

「ただのゴミだ。休暇をとれ」

「必要ありません。今から働かせてください」

「分かった。では簡単な仕事から始めよう。部屋の掃除をしてくれ」

司令官は奥の部屋を差した。



「全て処分していい」

「分かりました。担当者の確認は必要ですか?」

「いや。もういない」


二人の視線の先には小さい部屋の扉が見えた。


ウォーターサーバーを三つ過ぎた先の部屋だった。


本作はこれにて完結です。ありがとうございました。

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