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袋の中身

配置転換の初日。

高台から開けた平原を見下ろせる位置に、部隊は様々な方法で風景に溶け込んでいた。


新月の日。

普段は見えないほどのささやかな星すら、見つけられるほどの暗さだった。


他の兵士たちは自ら場所を決め、お互いがお互いをカバーできるように潜伏した。

だが軍曹は上官が陣取る危険性の低い位置を指示された。

銃を据える位置、隠れ方、角度さえも、教本通りの位置だった。

他の兵士たちが通信で下品な冗談を飛ばしていたようだったが、軍曹は何も言わなかった。

軍曹は時折、装備を確認しつつ胸元に手をやり、そこに何もないことを確かめながら、時間が過ぎるのを待った。


「軍曹、どうぞ」

銃を構える軍曹の口元に、チューブが差し出された。

銃も、体も動かさず、軍曹はそのチューブを咥え、少しだけ吸い込んだ。

「濃いですか?」

「これくらいでいい」

軍曹が覗き込むスコープには、高度な装置が組み込まれ、赤いターゲットがいくつも光っていた。

軍曹たちの位置からは開けた場所がすべて見渡せ、隠れる場所もない。

数々の銃口が、平原の野営地に狙いを定めていた。

スコープ越しの映像からは体温や汗さえも読みとることができた。


「軍曹。初体験だ。ぶち込みたいやつを選べ」

「どれでも問題ありません」

「わかった。こいつにしろ」


数あるターゲットのうち、一つのターゲットにマーカーがついた。

よく動き回る小さいターゲット。

お前は当てられるのか、そんな同僚の意図を感じつつ軍曹は狙いを定めた。


一つの鈍い音を皮切りに、据えられた銃たちは一斉にターゲットへ対処を行っていった。

鈍い銃声、そして銃の放つ光さえも、ターゲットには届かない。

赤く表示されるターゲットにリズムよく対処を続けていった。


一つ、また一つと赤いターゲットが減っていく中、上官が軍曹に話しかけた。

「軍曹、伍長は10人やったぞ。超えられるか?」

軍曹は打ち尽くしたマガジンを交換し、また射撃の体勢に戻った。

「私は数合わせですから」

もとより、この作戦には手ごたえなどなかった。

また、鈍い音が聞こえた。




暗闇の中、ただ弾丸が空気を切り裂く音だけが響いていた。

遠くで敵の攻撃の光が見えたが、音が届くことはなかった。

ただ、同じ鈍い音とターゲットが消えていく様子を見つめていた。


「軍曹、どうぞ」

「いや……もういい」


空が白むころには、すべての音が止まっていた。


処理が終わった野営地の中に踏み込む。

そこに動くものはもうなにもなかった。




野営地の中でひときわ目立つテントの中で指令に書かれた必要な書類を確保した。

テントから出ると別の兵士が野営地の写真を記録している。

軍曹は命令書に指示された最初にターゲットに近づいていく。

そして、相手の武器を拾い上げる。

ターゲットの懐をまさぐったが、特に重要なものは得られることはなかった。

だが、軍曹は足元に転がる丸いものが目についた。


それを回収袋にしまい込むと、野営地を後にした。



ヘリの中で兵士たちがまた下品な冗談を飛ばしていた。

自分の銃に処理した分のマークを刻み込んでいた。

また、下品な冗談が聞こえたが、軍曹は聞こうとはしなかった。

銃を新品と同じように元に戻すメンテナンスを黙々と続けた。

そこには傷もマークも一つもなかった。


基地に戻ると下士官が軍曹のもとに駆け寄ってきた。

「軍曹、基地司令がお待ちです」

「今から…? 分かった」

軍曹は空腹と眠気をしまい込み、兵士たちが戻る兵舎とは違う方向を一人で進んでいった。


道中、火葬車が煙を吐いているのが見えた。

軍規に定められた数人の慎ましいセレモニーのあと、遺体を焼却することで葬式は終わる。

国旗が巻かれた死体袋が、火の中に納められる所だった。


軍曹は死体袋に敬礼をするべきか迷った。

伍長が作戦中に死亡したとなれば、自分より位の高い階級となる。

階級の上の戦友を見送る時には敬礼をする…だった気がする。

しかし、縫いつけられた階級章は伍長のまま。

その階級章は赤い炎を反射して、生き物のように輝いていた。


軍曹は別の光に気づいた。

「おい、穴が開いているぞ」


黒い袋から何かが飛び出しているようだった。

軍曹は死体袋からそれを引き抜く。

「なんです?」

「十字架だな」

「こんな時代に変わったやつですね」

「ああ、溶かせばいくらかになるか」


軍曹はポケットにしまい込むと顎で続行を指示した。

炎はすべてを灰にしていった。


葬送の曲が小さいスピーカーから流れているようだったが、曲を最後まで聞く兵士は誰一人いなかった。

音楽より先に、脂の焼ける匂いが届いた。

軍曹は窓の外を見た。


赤い季節外れの帽子を被った兵士が酒を片手に肉を焼いている。

会話は聞こえない。だが、一目でそれとわかる下品なジェスチャーをしているのが見えた。

どの宴会も、どの作戦でも兵士の役割は同じだった。

慎重な者、軽薄な者、そして軽はずみの者。




指令室に入ると、基地司令官が机に置かれたラップトップに視線を向けていた。

手元の資料と、映像を見比べ、報告書を確認している。

モニターには、ターゲットが撃たれたあと、他の敵が何秒で対応したか。

即応力の確認をしているようだった。

何度も、何度も繰り返し再生される着弾の瞬間。

時間を計測するため、一コマずつ映像を進め、時間を割り出していた。

着弾とその前の一コマで、その映像に映っているターゲットの状態が、決定的に違う。

だが、必要なのは、弾が当たった時間そのものだった。

「失礼します」

司令官は眼鏡を外すと、ラップトップを閉じ、軍曹と目を合わせた。

「報告を」

「作戦は完了しました。想定通りです」

「ご苦労。相手の装備は?」

「こちらです」

回収袋を差し出す。いくつかの装備が軽い音を立てた。


「ん…軍曹、これはなんだ?」

「新兵器かと思いましたが…サッカーボール…だと思います」

「分かった。あとお前の新しい任務だ」

バインダーに指示書が挟まれていた。

軍曹は表紙に書かれた題名を読み、動きが止まった。

だが、それもほんの短い時間だった。

「お前の任務は他の基地でも起こっている兵士の事故調査だ。明日からはペンを使え」

「了解しました」

「もういい。休め」

事故調査のリストのトップには伍長の名前もある。

軍曹は敬礼をすると部屋を後にした。

司令官は再び眼鏡をかけラップトップを開く。


映像は最初から再生された。


モニターには、今司令官の手元にあるサッカーボールが、

野営地の中で転がっている様子が映し出されていた。



本作『ホームバウンド』は、急がないことを前提としています。

次回も、一定の完成度に達した段階で公開します。

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