肉をとりわける日 01/08 14:00修正
バーベキューは、大きな肉から小さい肉を切り分ける。
そして、ここ後方基地でもそれは同じだった。
基地の医療テントの中でも、肉が切り分けられていた。
「もっと砂を撒け! 滑るぞ!」
元には戻らない四肢を切り分ける作業が、今日も続いていた。
すると医療テントの入り口が突然開かれた。
そこに立っていたのは両手でビールのケースを抱え、口にまで飲みかけのビール缶を咥えた男だった。
「ここじゃない、あっちだ」
軍曹は顎で浮かれた男に方向を示した。
浮かれた男はあろうことか、医療用テントを抜けてその方向を進んでいった。
「おい、伍長。滑るぞ、気をつけろ」
「これ貸してくれよ」
伍長が先ほどまで治療で使っていたメスを掴む。
「うまく肉が切れなくてよ」
すぐさま口にくわえていたビールでメスをすすぎ、スボンでそれを拭いながら小走りで出て行った。
断続的に鳴っていた医療機器が、一本調子の音を出すようになった。
基地の上空を戦闘機が通過し、テントが揺れる。
音も、砂の混じった泥を踏むような足音も、爆音に飲み込まれてしまった。
軍曹の前で、ドリルのような医療器具が回り始めた。
モーターの回転音が、テントの中に広がった。
何か堅い物を削る音が、テントの外まで聞こえていたが、その音もだんだんと湿り気を帯びていった。
その音は、テントの外にまで漏れていた。
音が小さくなるにつれて、遠くから誰かの浮かれた笑い声が聞こえた。
そして周りには笑い声しか聞こえなくなった。
手術着が、医療用廃棄物のゴミ箱に投げ込まれた。
ゴミ箱の縁に置かれていた飲みかけのビール缶と目が合う。それを掴むとビールで手術用の手袋をすすぎ、手袋と缶をゴミ箱に捨てた。
軍曹は何もない胸元に手をやった。
ヘリポートの横では男たちが焦げ付いた肉を見て笑っていた。
屈強な男たちがグリルを囲み、ビール片手にバーベキューを楽しんでいる。
ある者はタバコやポルノ雑誌、ある者はラジカセで下品なラップを流していた。
「ビールをくれ」
「これはこれは軍曹!お疲れ様であります!!」
わざとらしい敬礼だった。年上の伍長が、若い軍曹に向けるには少し大げさすぎる。軍曹はそれを無視しながら、戦場には似つかない色褪せたビーチチェアにもたれた。
「よく焼けてるのをくれ」
「これなんかいいんじゃないか」
「ふざけんな。ほぼ生だろ」
「しかし、よく食えるなアンタ」
「さっさとくれよ」
「じゃ豚肉の切り分けも手伝ってくれよ。刃物の取り扱いは得意だろ」
メスを掴み、ふざけながら自分の腕を切る真似をし、大げさな表情をした。
「おい、汚すなよ」
伍長はオーバーなリアクションのまま、肉の切り出しに戻っていく。
パーティーは進んでいた。
皿と缶が減っていき、空き缶のいくつかが風で倒れては音を立てていた。
その頃になると、笑い声も一人、また一人と減っていき、最後には伍長と軍曹だけになった。
焦げた肉と切り分けすぎた肉を医療用のゴミ箱に捨てると、二人はビーチチェアに横たわり、空を見上げた。
涼しくなった風が二人の頬を撫で、微睡ませていた。
「あらかた飲んじまったな」
「あー……食べすぎた。最後お前が焼きすぎるからだ」
「どうせ余ったのは捨てるんだ。かまわねー……よ!」
伍長は飲み終わった空き瓶を基地の外側に投げた。遠くでビンが割れる音が響く。
軍曹は何もない胸元に手をやった。
「ちゃんと捨てろ」
「いいじゃん。別に」
伍長が、氷がほとんど解けてぬるくなったクーラーボックスから小さい酒を取り出す。
「なんかこれいつも余るんだよな」
「お前またそれ買ったのか。人気ないのに」
「そうなんだよ。俺はつい買っちゃうんだよ、これ」
「バカだからか?」
「違うわ。なんでだっけかな……」
伍長が何かを言いかけると、太陽が地平の向こうに落ちていった。
気温が下がり、周りには風の音しか聞こえなくなった。
「そうだ。これは俺が最初飲んだ……」
言い終わる前に、銃声がひとつ、基地に響いた。
銃声を聞きつけ、憲兵が駆けつけた。
バーベキューの跡には、燻る煙と空き缶が散らばり、煙だけが風に運ばれていった。
くすんだビーチチェアの上では、銃を握ったまま伍長が力なく横たわっていた。
そのそばで伍長の熱を浴びた軍曹が、ビール缶を手に立ち尽くしていた。
ビール缶が手から落ち、鈍い音を立てた。
中身の抜けたビールが、地面に広がっていった。
本作は
「雪が降る。人を殺す。子供を拾う。そして世界を救う。」
その外側にある話です。
本編で触れた、戦争の形が変わり始めた頃のことを書いています。
更新はゆっくりになりますが、お付き合いいただければ幸いです。
次回は2月2日07時30分更新予定です。




