5話 着信
その夜、蒼真がベッドに沈むように横になっていたとき——
突然スマホが震えた。
見覚えのない番号。
胸が一瞬だけ強く鳴る。
「……誰だ?」
迷った末に通話ボタンを押した。
『もしもし、米倉くん?』
聞き慣れた明るい声が耳に入る。亜里沙だった。
「……え、なんで番号……」
『日曜の件。教えてもらってないからさ。場所わかんなきゃ行けないでしょ?』
淡々としているのに、不思議と押しが強い声。
蒼真は身体を起こし、姿勢を正した。
「店は駅から徒歩五分。名前が——」
必要事項を順に伝えていく。
『ふむふむ。んで、“よねくら”って読むのね。了解』
メモを取っているのだろう、カリカリとペンの音が聞こえた。
ひと通り説明したあと、亜里沙が小さく息を吐いて言った。
『ていうかさ〜。番号知るために担任から聞いたんだけど……めっちゃめんどかったからね?』
「えっ、担任から……?」
『そ。だから今度からちゃんと連絡とれるようにしといてよ、も〜』
苦笑混じりの声が、少し近く感じた。
『LINE送るから。登録しといて。じゃあまた日曜ね』
そう言って、通話は一方的に切れた。
蒼真はしばらくスマホを見つめたまま動けなかった。
(……結局、俺じゃなくて亜里沙が動いてんじゃん)
情けなさと、どうしようもない悔しさが胸を締めつける。
けれど同時に——
初めて繋がった“連絡先”という細い糸が、どこか温かかった。
日曜日の朝。
いつもより早く目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
(……寝れたのか寝れてないのか、よくわかんねぇ)
身体は重いのに、頭だけが冴えている。
スマホを見れば未読のLINEが一件。亜里沙の名前が表示されていた。
“おはよー。夜、よろしくね”
短い文なのに、胸の内側がざわついた。
返す言葉を何度か打っては消して——結局、普通の返事になった。
“よろしくお願いします”
送信ボタンを押すだけで、指が少し震えている。
(何やってんだ俺……)
鏡の前に立ち、ゆっくりと髪を結ぶ。
今度は乱れのないよう、丁寧に。
前髪を上げ、サイドを軽く整える。
——「陰キャでいる言い訳」は、もう通用しない。
今日の夜、俺は美容師として“あの子”と向き合うんだ。
***
一方その頃。
亜里沙もまた、明るい日差しが差し込む部屋でストレッチをしながらスマホを見ていた。
(固い返事……でも、そういうとこが逆に面白いんだよなぁ)
鏡の前で髪をとかしながら、ふっと笑う。
「リタッチかぁ。どんな感じになるんだろ」
モデルとして、髪は武器。
でも今日だけは、“仕事”じゃなくて——
「楽しみ、かも」
短く呟いた声は、誰にも聞かれていない。
けれどそれは確かに、胸の奥からこぼれた“素”の本音だった。
昼食を終えた亜里沙は、クラスの女子二人と待ち合わせ、街のショッピングモールへ出かけていた。
「このワンピかわいくない?」「こないだの撮影で着てたやつも似合ってたよね〜」
そんな他愛もない会話が続き、ウィンドウショッピングを楽しんでいる。
だが、どこか上の空だった。
「ねぇ亜里沙、今日なんか機嫌よくない?」
「うん、なんかニコニコしてる」
図星すぎて、亜里沙は小さく目をそらした。
(……だって、楽しみなんだもん)
夕方になり、駅前で友達二人と別れることに。
「じゃあまた明日ねー!」
一人の友達がふと振り返って尋ねてきた。
「亜里沙はこれからどこ行くの? 家帰る?」
亜里沙は一拍置いて、ほんのり笑みを浮かべた。
口元は隠せないくらい緩んでいる。
「ううん、このあとサロン行くんだ」
「……へぇ? 」
好奇心100%の目。
しかし亜里沙はそれ以上話さず、ただ手を振って歩き出した。
「また明日〜!」
友達はニヤニヤしながら手を振り返す。
亜里沙は駅へ向かいながら、バッグに入れた小さな手鏡を取り出し、前髪を整えた。
(変にならないようにしなきゃ……)
胸の鼓動がいつもより速い。
それが不安じゃなく、期待のせいだと自分でも気づいていた。
——それでも、まだ名前をはっきりつける勇気はない。
けれど今日という日は、きっと特別になる。
そんな確信だけは、もう動かせなかった。
そして——日が落ちて、いよいよ約束の時間が近づいてくる。
読んでいただきありがとうございます。




