2話 昼は高校生 夜は美容学生
放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺は鞄を掴んで席を立った。夕方の電車に乗らなければ、美容学校の授業に間に合わない。
急いで教室の扉へ向かう――が、女子の輪が扉前を完全に塞いでいた。
「ねぇねぇ、さっきの自己紹介マジ良かったよ亜里沙!」
「放課後どっか行こ〜!」
輪の中心にいるのは、やっぱり瑠璃ヶ浜亜里沙。俺がそこへ近づくと、女子たちの視線が一瞬だけこちらに向いた。
「……」
視線だけで察した。「通してもらえる空気」ではない。時間もないので、俺は何も言わず反対側の扉へ向かおうとする。
そのとき――
「あっ、ごめんね! 通るよね?はい、通って通って〜」
亜里沙がひょい、と女子の輪を割り、道を作った。
気まずさゼロ。笑顔100%。
それが彼女の処世術なんだろう。
「……どうも」
それだけ告げて、俺はその場を後にした。
背後で女子たちの声が小さく聞こえる。
「ねぇ今の子、同じクラスだよね?なんか暗くない?」
「地味だよね〜。さっきの自己紹介とか秒で終わったし」
亜里沙だけが「ん〜、どぉかな〜?」と曖昧に返す声を残し、教室の扉が静かに閉まった。
──俺と、あの輪は、交わらない。
その確信と共に、教室を後にした。
夜間の美容学校は、昼間の高校とは空気が違う。
ここにいるのは「夢のために夜を使う人間」だけだ。学生、社会人、フリーター、主婦。年齢も背景もバラバラ。
俺の通う夜間クラスは一学年一クラス。三年間、クラス替えはない。
だから、人間関係も実技の癖も、全員お互いに把握し合っている。
授業は実技。ワインディングのロッドを手にとり、いつものペアへ向かう。
「蒼真くん、新しいクラスどうだった?」
ゆるゆるウェーブの年上女子――稲垣亜由美(19)。
夜間では珍しく「面倒見のいいお姉さん」ポジションの人だ。
俺はロッドを巻きながら淡々と答える。
「別に。見てないし。寝てたから」
「……もうっ!少しくらい興味持ちなよ〜!せっかくの高校なんでしょ?」
亜由美さんは額に手を当ててため息をつく。
俺は肩をすくめるだけだった。
恋愛だの青春だのに時間を割く余裕はない。
俺が見ているのは未来だけだ。
この学校を修了し、国家試験に受かって、父さんの店を継ぐ。
それだけが、俺の“優先順位の一位”だった。
授業を終えて家に戻ると、店の照明だけがまだ点いていた。
ガラス越しに見るサロンは、昼間とは違い静かで、少しだけ寂しい。
「おかえり、蒼真」
カウンターには父が一人。タオルを畳みながらこちらに視線を向ける。
「ただいま。閉店作業やるよ」
二人で床を掃き、器具の消毒をし、レジを閉める。
母さんがいた頃は、三人で笑いながら片付けをしていたらしい。
俺はその記憶をほとんど知らない。だから父と二人のこの時間が、俺にとっての“日常”だった。
閉店が終われば、鏡の前で一人ロッドを巻いたり、カラーリングの練習をしたりしてから部屋へ戻る。
こうして、今日も一日が終わっていく。
明日もきっと同じだ。
そう思っていた——このときまでは。
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