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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。


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13話 くじ引きと運

その日、亜里沙は――


 亜里沙は、蒼真から借りたダッカールを返そうと思っていた。


 思っては、いた。


 でも結局、そのまま返せなかった。


 理由は自分でもよくわからない。

 ただ、手に取るたびに、外すタイミングを失ってしまった。


 (……なんで、こんなに返したくないんだろ)


 一日中、ダッカールは髪に留まったままだった。


 授業中も。

 休み時間も。

 放課後になっても。


 心のどこかで、

 蒼真から声をかけてもらえたらいいのに

 そんなことを考えていた気がする。


 「それ、返して」でもいい。

 「まだ使ってるんだ」でもいい。


 なんでもいいから、

 あのダッカールを理由に話しかけてほしかった。


 でも――

 蒼真から声がかかることはなかった。


 そのまま、何事もなかったように一日が終わる。


 家に帰り、部屋の明かりをつける。

 鏡の前に座り、ダッカールを外して、手のひらに乗せた。


 透明で、水色。

 特別高いわけでもない。

 流行っているものでもない。


 それなのに。


 なぜか、すごく特別なものに見えた。


 (……変なの)


 自分で自分に呆れつつ、

 それでも視線はダッカールから離れない。


 借りたままなのは、よくない。

 それくらいはわかっている。


 亜里沙は小さく息を吐いて、心の中で決めた。


 明日、ちゃんと返そう。


 そう思ったはずなのに――

 ダッカールを机の上に置く手が、ほんの少しだけ名残惜しかった。


 その気持ちに、まだ名前はついていない。



翌日、登校


 次の日の朝。


 亜里沙は、ダッカールを返すと心に決めて家を出た。


 昨日はさすがに意識しすぎていた。

 一日中、髪につけたままなんて——自分でもやりすぎだと思う。


 だから今日は、髪にはつけない。


 ……つけない、はずだった。


 玄関を出る直前、ふと昨日のことを思い出す。

 蒼真が、いつもカバンにダッカールを付けていたこと。


 (……あれ、なんかいいな)


 結局、亜里沙はダッカールを

 カバンのポケットにそっと挟んで登校した。


 返すつもり。

 でも、完全に離してしまうのは、少しだけ惜しくて。



 教室に入ると、いつも通りのざわめき。

 友達の輪に合流した瞬間、すぐに瑠華が気づいた。


 「ねぇありさ、それ最近お気に入りじゃない?」


 視線は、カバンに挟まれたダッカール。


 亜里沙は一瞬だけ言葉に詰まり、

 でもすぐにいつもの調子に戻る。


 「うん。業務用だから、マジで使いやすいんだよ」


 少しだけ得意げに言うと、


 「へぇ〜。どこで買ったの?」


 と瑠華が続ける。


 「最近行ったサロンでね、ひとつもらったの」


 嘘ではない。

 でも、全部は言っていない。


 ちょうどそのとき、教室の扉が開いた。


 蒼真が入ってくる。


 いつも通り、眠そうな顔。

 髪は少しだけ無造作で、

 何も変わらないはずの姿。


 なのに——


 亜里沙は、無意識にカバンのダッカールに触れていた。


 蒼真は周りを気にすることもなく、

 自分の席に向かい、そのまま椅子に腰を下ろす。


 目は合わない。

 声もかからない。


 それでも、

 「今日こそ返す」という決意だけは、胸の奥に残っていた。


 チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。


 ——返すタイミングは、まだ来ない。



チャイムが鳴り、教室が少しずつ静まっていく。


 「はいはーい、出席とるよー」


 担任の桃原先生が教卓に立ち、いつもの軽い口調で言った。

 クラスでは「ももちゃん」で通っている。


 亜里沙は返事をしながら、無意識にカバンの横を気にしていた。

 ダッカールが、ちゃんとそこにある。


 蒼真の方を見ると、すでに机に突っ伏し気味で、

 まだ完全には目が覚めていない様子だった。


 (……今日、返すんだから)


 そう思っているのに、

 タイミングのことを考え始めると、胸の奥が少し落ち着かなくなる。


 出席確認が終わり、桃原先生は黒板に向き直った。


 「で、連絡事項なんだけどさ」


 チョークを持ったまま、ちらっと教室を見回す。


 「一限目、私の授業だからね。

  せっかくだし——席替え、やっちゃおうか」


 一瞬の間。


 次の瞬間、教室が一気にざわついた。


 「まじで?」

 「やった!」

 「最悪なんだけど〜」


 あちこちから声が飛ぶ。


 亜里沙の心臓が、わずかに跳ねた。


 (……席替え)


 返そうと思っていた。

 今日こそ、ちゃんと。


 でも、席が変わったら——

 その「ちゃんと」は、少しだけ難しくなる気がした。


 一方、蒼真は顔を上げて、

 まだ眠そうなまま黒板を見ている。


 (……席、どこになるんだろ)


 考えないようにしても、考えてしまう。


 桃原先生は、くじの入った箱を掲げた。


 「はい、順番に引いてねー。

  文句なし、やり直しなしだから」


 くじ箱が前の列から回り始める。


 亜里沙は、自分の番が近づくにつれて、

 なぜかダッカールの感触を思い出していた。


 ——返すつもりだったはずなのに。


 席替えは、

 思っていたよりずっと大きなイベントだった。


 このくじ一枚で、

 今日の一日が、少しだけ変わってしまいそうな気がして。



席替えのくじが、順に回っていく。


 箱の中で紙が擦れる音と、

 誰かの小さな歓声やため息が教室に混ざった。


 蒼真の番が来る。


 特に期待もせず、

 眠気の残るまま手を伸ばして一枚引いた。


 紙を開いて、黒板の座席表を確認する。


 ——後ろの、窓際。


 蒼真は自分の席へ向かい、椅子に座った。


 前の席はすでに埋まっている。

 けれど、隣だけがまだ空いていた。


 (……誰だろ)


 考えたところで意味はない。

 蒼真は窓の外に視線を逃がした。


 次にくじを引いたのは、瑠華と亜里沙だった。


 並んで箱を覗き込み、

 「せーの」で紙を引く。


 先に声を上げたのは瑠華。


 「あ、ここだ」


 瑠華が指したのは——

 蒼真の隣の席。


 蒼真は一瞬だけ目を瞬かせる。


 瑠華は気にした様子もなく、

 「よろしくね、米倉くん」と軽く声をかけて隣に座った。


 「……よろしく」


 それだけのやりとり。


 少し遅れて、亜里沙も自分の席を確認する。


 廊下側。

 その隣の名前を見て、ほんの一瞬だけ、動きが止まった。


 ——七宮 優。


 「ありさ、隣じゃん。よろしく〜」


 七宮はすでに席についていて、

 いつもの調子で笑っている。


 「……よろしく」


 返事はしたけれど、声は少しだけ控えめだった。


 亜里沙は席に座り、

 無意識にカバンの横を見下ろす。


 ダッカールは、まだそこにある。


 ふと視線を上げると、

 教室の後ろ、窓際。


 蒼真が、瑠華と並んで座っているのが見えた。


 距離は、思っていたより遠い。


 (……そっか)


 席替えは、ただの配置換えのはずなのに。

 胸の奥が、少しだけ静かにざわついた。


 一方で蒼真も、

 前方の席に視線を向ける。


 七宮の隣に座る亜里沙の横顔が、

 やけに目についた。


 理由は、まだわからない。


 ただ——

 席が決まっただけで、

 教室の景色が少し違って見えた。


 

席替えが、あらかた終わった。


 教室はまだ少しざわついているが、

 それぞれが新しい席に落ち着き始めている。


 亜里沙は、自分の席に座ったまま、なんとも言えない気分で前を向いていた。


 隣は七宮。


 別に嫌いなわけじゃない。

 クラスでも人気があるし、話していて不快になることもない。


 ただ——


 (最近、ちょっとだけ距離近いかも)


 そんな違和感が、胸の奥に引っかかっている。


 七宮はいつも通りの調子で、

 「席近くなったな」と軽く声をかけてきたが、

 亜里沙は曖昧に笑って返すだけだった。


 一方で、教室の後ろ。


 窓際の席に座った蒼真は、内心ほっとしていた。


 前の席も、斜め前も埋まっている。

 視界を遮るものはあるが、その分、人の気配が遠い。


 (……しばらく静かに過ごせそうだ)


 隣の席に座っているのは、亜里沙の友達の瑠華。


 名前は知っているが、

 これまできちんと話したことはない。


 だからといって、特別に気になるわけでもなく、

 不安もなかった。


 蒼真にとっては、

 「話しかけられなければ、それでいい」距離感だ。


 新しい席。

 新しい配置。


 蒼真は、またいつもの静かな学校生活に戻れると思い、

 胸の奥で小さく息をついた。


 ——少なくとも、この時点では。


 まだ誰も気づいていない。


 この席替えが、

 それぞれの気持ちを、少しずつ動かし始めていることを。




読んでいただきありがとうございます。


☆補足☆

ダッカールとは【DUCK Curl】の略で、アヒルのクチバシに似ているとこらから付いた名前だそうです。(たぶん***昔美容学校の先生が言ってた気がする。)

以上です。

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