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陰の俺と、輝く彼女。リタッチから始まる天使が恋に落ちるまで。  作者: 酒本 ナルシー。


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11話 ふわつく気持ち

午後の授業が始まった。


 蒼真は黒板に視線を向けてはいるものの、内容はまったく頭に入ってこない。


 (……なんでだよ)


 昼休みの亜里沙の言葉と、あの笑顔。

 それが、ずっと胸の奥であたたかく残っている。


 嬉しかった。

 間違いなく、嬉しかった。


 ——なのに。


 (七宮と話してたときの、あれ……なんだ?)


 髪を見て、褒められて、笑っていた亜里沙。


 その横で七宮が自然に距離を詰めていた。


 別にあいつらが話すのは普通だ。

 何もおかしくない。

 “普通”だ。


 なのに胸の奥が、ひどくざわついた。


 (別に……俺には関係ないだろ)


 そう思おうとしても、

 思えば思うほど引っかかる。


 心の形がうまく掴めないまま、時間だけが過ぎていった。



放課後のチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一気にほどけた。

 友達同士の声、部活へ向かう足音、椅子が引かれる音。


 蒼真は、いつも通り早く帰る準備をして、専門学校へ向かうため鞄を肩に掛ける。


 (……なんか、今日、長かったな)


 教室を出て廊下を歩く。

 窓から射す西日が、床を橙色に染めていた。


 角を曲がった、その瞬間。


 亜里沙と、目が合った。


 近い距離。

 腕が触れそうなほどの場所。


 亜里沙は、少しだけ唇を開いた。

 言葉にならなかった言葉の気配。


 蒼真の喉も、何か言おうとして——


 声にならなかった。


 ほんの一秒。

 いや、一秒より少し長かったかもしれない。


 でも、その“呼吸が混ざるほどの距離”が胸を締めつけた。


 亜里沙は、先に目線をそらした。


 そして、軽く会釈して通り過ぎていく。


 蒼真は、ただ立ち尽くすしかできなかった。


 (……声、出なかった)


 言えたはずなのに。

 さっきみたいに、普通に。


 「ありがとう」と言われて、

 ちゃんと返せたはずなのに。


 なぜか胸だけが苦しくて、

 息がうまく吸えなかった。


 (なんでだよ……)


 理由はまだわからない。


 でも。


 すれ違ったあと、胸の奥があたたかくて、痛かった。



専門学校の夜クラス。


 蛍光灯の白い光。

 シザーの金属音。

 シャンプー剤の甘い匂い。


 いつもと同じはずの空間なのに、

 なんとなく落ち着かない。


 鏡越しに自分の顔を見ると、どこかぼんやりしていた。


 「——はい、出た。考え事顔。」


 いきなり肩を軽く小突かれる。


 振り返ると、いつもの相方・亜由美がニヤッと笑っていた。


 「なに。寝不足?それとも……女?」


 急所すぎて、心臓が跳ねた。


 「……別に。なんもないけど。」


 「はい出た、“なんもない”はあるやつ〜」


 からかってる声の奥に、

 ちょっとだけ優しさが混ざっている。


亜由美は、ワゴンのコームを指先で揃えながら言った。


 「ねぇ蒼真。今日、手つきが全然違うよ」


 「……悪いってこと?」


 「逆。やさしい。」


 言葉が一瞬、胸にひっかかった。


 亜由美は真面目な顔つきになっていた。


 「他人をちゃんと見てる時の動きになってる。

  ……なんか、あったでしょ?」


 図星すぎて、言葉が詰まる。


 言おうとすれば、言える。

 でも、言ったら何かが変わる気がした。


だから、視線を落として小さく息をついた。


 「……うまく言えない」


すると亜由美は、笑わなかった。


 からかわず、茶化さず、

 いつもの冗談めいた雰囲気を全部やめて——


 ただ一言。


 「それ、ちゃんと考えていいやつだよ」


 その声はやわらかくて、

 でも逃げ道を残さないくらいまっすぐだった。


 胸の奥が、また少しだけ痛くなった。


 (……俺は、なにを考えてるんだろうな)


 自分でもまだわからなかった。

 でも、わかりたくないわけじゃなかった。


---


【亜里沙】


夜。


 シャワーを浴びて、髪をタオルで包んだあと。

 鏡の前に立つ。


 タオルを外すと、濡れたアッシュが肩に落ちてきた。

 ドライヤーの熱で少しずつ水分が飛び、

 色がやわらかく、光を含んでいく。


 (……綺麗)


 素直にそう思った。


 でもそれは、ただ「色が綺麗」というだけじゃない。

 鏡の中の自分が、以前より少し違って見えたから。


 髪に指を通す。

 毛先がするりと滑り落ちる。


 シャンプー台の感触がよみがえる。


 蒼真の手。

 優しかった。

 ただ技術としての優しさじゃなくて——

 “ちゃんと触れてくれる”優しさだった。


 胸が、すこしだけあたたかくなる。


 (あのとき……なんか、落ち着いたなぁ)


 その感覚が、まだ髪の奥に残っている気がした。


 指で毛束を持ち上げて、横顔のラインにそっと沿わせる。


 ——その瞬間。


 今日の昼休みのことが浮かんだ。


 「……この前、ありがとう」


 言った自分。

 うまく返せなかった蒼真。

 でも、ちゃんと伝わった気がしたこと。


 (……そっか)


 胸の奥が、少しだけじんわり熱い。


 それが嬉しいのか、恥ずかしいのか、

 自分でもまだよくわからなかった。


 わからないけれど——


 嫌じゃない。


 むしろ、そっと抱きしめておきたい気持ちだった。


 ドライヤーを止めると、静けさが戻る。


 夜の部屋には、自分の呼吸音だけ。


 鏡の中の自分は、少しだけ頬が赤かった。


 (……明日、また話せるかな)


 口に出さないまま、

 その想いだけが柔らかく胸に沈んでいった。




読んでいただきありがとうございます。

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