5話
バッグの中身を何度も確認する。
偽造パスポート、現金、非常食、最低限の医療品。
そして、ナイフ。
マチェットとダガー。俺の相棒は、やはりこれになる。
結は、静かに服を畳んでいた。
目は真剣だった。
昨日の涙のあとも、微塵も残っていない。むしろ、今の彼女のほうがよほど強く見える。
「……緊張してる?」
「してない。というより、緊張する余裕がない」
「ふふっ、らしいね」
そう言って結は笑った。
普段ならその笑顔に癒されるのに、今は心がざわつく。
俺は、無事に彼女を連れて出られるのか。
今夜が山場だ。
俺たちは、三つのルートを用意していた。
第一は陸路。ターミナルまで車で移動し、国境付近の協力者と合流。
第二は海路。港に仕込んである小型船を使って一気に脱出。
第三はフェイク。これは陽動用だ。
本命は、海だ。
陸路は監視が濃すぎる。海からなら、少しでも気配を絶てる。
その確認に、俺は単独で港へ向かった。
車で15分の倉庫街。廃棄された船溜まりの一角に、それは置かれている。
海風が冷たい。
肌を刺すこの感覚が、妙に現実を突きつけてくる。
(ここから……逃げるんだ)
小型船の状態をチェックする。
燃料、無線、GPSジャマー。すべて、問題なし。
そして帰ろうとしたときだった。
背後から足音が――聞こえた、気がした。
反射的に振り返る。
誰もいない。
でも確かに、空気が揺れた。
(またか……)
昨日も、気配を感じた。
そして今夜も。
監視されているのは間違いない。
だがそれ以上に――“見逃されている”ような気さえした。
(監視……いや、“泳がされている”のか?)
どこかで、俺の行動はすでに幹部に伝わっている。
なのに、制裁は来ない。
それはつまり、まだ“引き金”を引くタイミングじゃない、という判断。
焦燥感が胸を締めつける。
(まずいな……一歩でも間違えば、殺される)
急いでアパートへ戻った。
結は準備を終えて、ソファに座っていた。
「……帰ってきたね」
「ああ。船は使える。今夜、動く」
「わかった」
返事は短かった。でも、その声には迷いがなかった。
俺は、彼女の顔をじっと見た。
言っておきたいことが、あった。
「結。……怖くないのか?」
彼女は少しだけ目を伏せたあと、微笑んだ。
「怖いよ。でも、それよりも、あなたを失うほうが怖い」
その言葉に、何も言えなかった。
「だから……ちゃんと、守ってね」
「もちろん」
夜が深まっていく。
心臓の鼓動が、徐々に早くなっていた。
もうすぐだ。
この命を、ただ“生き延びる”だけじゃなく、“選んで”生きるために。
俺たちは、闇の中へと動き出す。
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