4,5話
朝の光が、薄いカーテン越しに差し込んでくる。眠っていた私は、ゆっくりとまぶたを開けた。
隣にいるはずの彼の姿は、今日もなかった。
もう慣れた。
彼の帰りを、こうして静かに待つ日々。
枕に残る微かな体温を指先でなぞりながら、私は小さく息を吐いた。
「……おはよう、私」
◇
キッチンに立って、コーヒーを淹れる。
パンは焼くだけ、卵は目玉焼きにして――
彼の分も用意してしまう癖は、いつからだったか。
「また冷めちゃうのにね」
誰に言うでもなく、私は呟く。
この部屋に私一人。
けれど、どこか彼の気配が残っている。
冷たくて、優しくて、無口で、まっすぐで。
そういう人。
私はそのまま、窓辺に腰掛けて外を見た。
通りには何の変哲もない朝が流れていて、
この日常が、ずっと続くような錯覚にさえなる。
……でも。
最近の彼、少しだけ、様子がおかしい。
ぼんやりと目を伏せたり、何かを言いかけてやめたり。
そういうの、私はすぐわかっちゃう。
黙っているくせに、目と仕草ですべてが出る人だから。
◇
夜になって、玄関のドアが音を立てた。
私は慌ててキッチンに戻って、あたためておいたスープを火にかける。
「おかえり」
返事は、いつものように短くて、あいまいな頷き。
でも、それでいい。
それが、彼なりの「ただいま」なの。
食卓を囲んで、少しだけ言葉を交わす。
大した会話じゃないけど、私はそれで満たされる。
「……食器、私が片づけるから」
「……いや、ちょっと話がある」
彼の声に、私はふと手を止めた。その目は真っ直ぐで、少しだけ、揺れていた。
「……組織を抜ける。逃げる。……お前も一緒に来い」
頭が真っ白になった。時間が止まったみたいだった。
ずっと、聞きたかった言葉だった。
けれど、いざ目の前に差し出されると、涙が先に出てきてしまった。
「……ほんとに、いいの?」
声が震える。
でも彼は黙って頷いて、私の手をそっと握った。
その温度に、私はすべてをゆだねたくなった。
「……うん。行く」
ずっと、あなたの隣で生きていけるなら、それでいい。
この命ごと、全部あげてもかまわないから。