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4,5話 

朝の光が、薄いカーテン越しに差し込んでくる。眠っていた私は、ゆっくりとまぶたを開けた。

隣にいるはずの彼の姿は、今日もなかった。


もう慣れた。

彼の帰りを、こうして静かに待つ日々。

枕に残る微かな体温を指先でなぞりながら、私は小さく息を吐いた。


「……おはよう、私」



キッチンに立って、コーヒーを淹れる。

パンは焼くだけ、卵は目玉焼きにして――

彼の分も用意してしまう癖は、いつからだったか。


「また冷めちゃうのにね」


誰に言うでもなく、私は呟く。


この部屋に私一人。

けれど、どこか彼の気配が残っている。


冷たくて、優しくて、無口で、まっすぐで。

そういう人。


私はそのまま、窓辺に腰掛けて外を見た。


通りには何の変哲もない朝が流れていて、

この日常が、ずっと続くような錯覚にさえなる。


……でも。


最近の彼、少しだけ、様子がおかしい。


ぼんやりと目を伏せたり、何かを言いかけてやめたり。

そういうの、私はすぐわかっちゃう。

黙っているくせに、目と仕草ですべてが出る人だから。



夜になって、玄関のドアが音を立てた。

私は慌ててキッチンに戻って、あたためておいたスープを火にかける。


「おかえり」


返事は、いつものように短くて、あいまいな頷き。

でも、それでいい。

それが、彼なりの「ただいま」なの。


食卓を囲んで、少しだけ言葉を交わす。

大した会話じゃないけど、私はそれで満たされる。


「……食器、私が片づけるから」


「……いや、ちょっと話がある」


彼の声に、私はふと手を止めた。その目は真っ直ぐで、少しだけ、揺れていた。


「……組織を抜ける。逃げる。……お前も一緒に来い」


頭が真っ白になった。時間が止まったみたいだった。

ずっと、聞きたかった言葉だった。

けれど、いざ目の前に差し出されると、涙が先に出てきてしまった。


「……ほんとに、いいの?」


声が震える。

でも彼は黙って頷いて、私の手をそっと握った。

その温度に、私はすべてをゆだねたくなった。


「……うん。行く」


ずっと、あなたの隣で生きていけるなら、それでいい。

この命ごと、全部あげてもかまわないから。

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