2話
帰宅すると、部屋の明かりがついていた。
ただいま、とは言わない。
けれど、玄関のドアを開けた音で、彼女はすぐに気づく。
「おかえりなさい!」
キッチンから顔を出した少女が、明るく笑った。
結――彼女は、俺の“恋人”だ。
……形式上は、だが。
「お風呂、沸かしてあるからね。あ、それと……今日はすき焼きだよ」
この笑顔を見ていると、自分が人殺しだということを忘れそうになる。
いや、忘れちゃいけないのかもしれないが。
黙ってタオルを受け取ると、彼女はすっと立ち上がり、俺の頬に触れた。
「……また血ついてる。何人?」
「……五人」
「ふーん、今日も順調だったんだね」
「仕事だからな」
「うん、わかってるよ。私も、そうだったし」
彼女も元は組織の暗殺者。
俺とは違い、表情豊かで、感情もまっすぐ出すタイプだった。
それなのに、なぜか俺を好きになったらしい。
……理解不能だ。
「でも、最近ちょっと変だよね」
「何が?」
「あなた、単独任務が多すぎるよ。報告も上げずに独断で動いてる。……なにか、隠してない?」
図星だった。
「別に」
そう返しても、彼女は引かなかった。
むしろ一歩、距離を詰めてくる。
「私、バカじゃないよ。
あなた、最近“逃げる準備”してるよね? お金も、パスポートも……」
「結」
声に少しだけ強さを込めると、彼女はぴたりと止まった。
それでも、その瞳は揺らがない。
「……もし、そうなら。私も、つれてって」
「……なんで」
「決まってるでしょ。私、あなたがいなきゃダメなの」
まっすぐな声。
ああ、もう……俺の心が、こんなにも揺れるなんて。
(……結。お前と、ここで終わるわけにはいかない)
けれど、まだ言えない。
脱出計画も、タイミングも、すべてがギリギリの綱渡りだ。
今ここで話せば、結を危険に巻き込むことになる。
「……もうすぐ、全部話す。だから、それまで」
言葉の続きを、彼女は待たなかった。
代わりに、静かに俺の手を握った。
「……うん。信じてるから」
その手があたたかくて、俺はようやく息を吐いた。
暗殺者としての人生に、出口なんてないと思っていた。
けれど今、彼女がいてくれる限り――
ほんの少しだけ、未来を夢見てもいい気がした。
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