1話
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人気のない地下駐車場に、静かに足音が響いた。
闇に溶け込むような黒のフードを目深に被り、男は無言で歩く。
顔の下半分をマスクで隠し、その視線は一点を貫くように鋭い。
右手に握るのは、刃渡り30センチのマチェットナイフ。
左腰には、黒光りするダガーナイフが鞘に収まっている。
彼にとって、それはただの「日常」だった。
男の名は知られていない。
だが、裏の世界ではその姿が現れるだけで――多くの者が息を呑む。
今夜の標的は、東ヨーロッパ系マフィアの支部。
拠点は潰したばかりだが、生き残りが集まっていた。
依頼主は明かさない。だが、報酬は高かった。
(──どこだ)
物音ひとつしない。
だが、視線の気配だけが空気の中で揺らいでいる。
男は一歩、足を止めた。
次の瞬間、真横から飛び出す影。
「死ねッ!」
怒声とともに振るわれた鉈を、男は軽くかわした。
そして、一瞬の間にマチェットを逆手に持ち直す。
ゴッ。
鈍い音が響く。
影の男は、何も言えぬまま膝をついた。
「……遅い」
低く呟く声に、温度はなかった。
ただ、機械のように淡々と命を奪い、また闇に消える。
五人、六人。
敵は次々に現れては、沈んでいった。
返り血を浴びながらも、男の動きは淀みなく。
無表情のまま、淡々と刃を振るう。
(やっぱり、こうなる)
どれだけ殺しても、心は何も感じない。
虚無だけが、ずっと胸の奥に張りついている。
だが――
(……あいつの笑顔だけは、まだ消せない)
一人の顔が、脳裏に浮かんだ。
戦いが終わったのは、十五分後だった。
男は血に染まったナイフを拭い、何事もなかったかのように背を向ける。
誰も見ていない。
けれど、彼の背中はどこか寂しげだった。
その夜、彼は帰路についた。
小さなアパートの部屋。
扉を開けると、そこには――
「おかえり……また、血だらけ……」
黒髪の少女が、小さく眉を寄せて近づいてきた。
彼女は黙ってタオルを差し出し、そっと男の頬に触れる。
「……痛くない?」
「別に」
「ほんとに……無理してない?」
「……」
男は何も言わない。
だが、彼女の手の温もりに、わずかにまぶたが揺れた。
この時間だけが、現実のように思えた。
刃も血もない世界。
ただ、彼女がそばにいるだけで――
(……俺は、まだ生きていける)
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