〈file2〉
「……朝か」
軽快なアラーム音によって目を覚ました僕。
まだ心には、異様な嫌悪感と倦怠感が残ったまま、コルリスの始業準備をする為にその重い身体を起こした。
コルリスの制服に着替えて、洗面所で歯を磨いて、端末を確認する。
返信は来ていないと、わかっているんだ。
わかっているのに見てしまうのは、僕が弱いからなのだろうか。
そんな自問自答を繰り返しながら、店長がいるはずのコルリスへと続く階段を降りて行った。
「ありがとうございました〜!」
僕が笑顔で頭を下げれば、陽気な鐘の音が店内に鳴り響く。
お昼時のランチタイムも過ぎ、今見送ったお客さんが最後だから、と店長のいるキッチンへと向かおうとしたその時、店内に映された一つの映像に目を奪われた。
画面には、件の帝小学校の正門前で騒ぎを起こすマスコミや、そんなマスコミや警察に囲まれて泣き崩れる八重花さんの姿の横で、マイクを手に持つ長い髪を黒い髪ゴムでまとめたキリッとした女子アナウンサーが映る。
『先日、ネット上で匿名の方から暴露記事が上げられた帝小学校ですが、その匿名の告発をきっかけに、女子児童への誹謗中傷が過熱。
その結果、八重花財閥の令嬢であり、帝小学校に通っている八重花千瀬氏が精神的に不安定な状態に陥っている様です』
「………」
『帝小学校からは事態の収束を行いつつ、八重花氏へのフォローも行うと発表されました。
続いてのニュースですが……』
アナウンサーの無機質に、淡々と起こった事実を伝える声が客のいないカフェに響く。
画面は次のニュースへと切り替わる。
しかし、僕の目はその場に釘付けにされたままだった。
脳内に響く望命くんの言葉。
『俺の優しさだけじゃ、人は救えないんだ』
望命くんは、大衆の正義でこの一件を解決しようとした。
彼は大衆の悪意を利用して、維蘭くんを救おうとしたんだ。
でも、その結果は……。
心臓の音が耳のすぐ横で聞こえる。
早く、大きいその音が僕の僅かにある余裕を急かしているように感じた。
同時に、目の前がぼやける。
視点がはっきりとしない。
僕が震える手でズボンの裾を握りしめると、横から温かい手が僕の肩に触れた。
「瀬凪くん、休憩しないのかい?」
店長の優しい声が響く。
しかし、僕の視線はテレビ画面から離れることができなかった。
この期に及んで、僕はまだ望命くんの行った事がいい方向に向くと信じていたんだ。
彼は、誰も傷つけずに維蘭くんを救う「魔法」をかけるのだと。
でも、現実は違った。
望命くんの選んだ冷徹な正義は、新たな悲劇を生んでしまった。
僕が彼に「どうして」と聞く勇気を持てなかった間に、事態はこんなにも深刻になっていたんだ。
僕がヒーローになれないのは、きっとこの責任の重さを背負う覚悟がないからだ。
望命くんのように、誰も救えず、誰も幸せにできないなら、僕は……。
その時、店に続いている階段があるはずの扉が開き、一人の人物が中に入ってくる。
「ふぁ〜、瀬凪くんおはよう」
眞人くんの欠伸が僕の心にほんの少しの余裕を与えてくれる。
そして僕は―――。




