〈file2〉
「その……相談があってきたんですけど……」
「えぇ。てんty―――オーナーは今不在ですが、僕で良ければ是非お話をお聞かせ下さい?」
「じ、実は………」
店長が不在の間訪ねてきたのは、途神亜蘭さん。
どこかの不良学校のヤンキーを想像させる服装と髪型とは裏腹に、すごくおどおどした大学生の男の人だった。
そんな亜蘭さんの話を聞いた所、どうやらこの間この街で起こった「中学生雑居ビル事件」と関係があるようだった。
内容は、僕達が思っていたよりも醜悪で、酷い物だった。
「中学生雑居ビル事件」は僕も望命くんから少し話を聞いていた為、全ての情報では無いが、軽くなら知っていた。
確か、この萬街の東側に位置する古びた雑居ビルで男の人を中学生の女の子が刃物で殺害した事件。
その事件で亡くなったのは中年の男。
名前は秋棲亮平52歳。
ここまでは望命くんから聞いていたので、知ってはいた。
でもここからが、この事件の本当の幕開けだった。
その事件を起こしたという中学生の女の子……実は亜蘭さんの妹さんなのだ。
名は途神翠花
家でも外でもネットでも、基本的に誰にでも優しく接していて、近所でもネットでも評判は良かったそう……なのに、この事件が起きてからというもの、近所やネットでの評判はガタ落ち。
亜蘭さんの情報によると、秋棲は何度も何度もしつこく翠花さんに付き合うようにお願いしていたらしい。
しかもストーカー行為まで働いていた、と。
でも、翠花さんはその時、アリバイがなかった。
証拠もあった。
だから警察は、翠花さんを疑って信じなかったのだ。
そう、事件としてこれほどまで完璧なものはない。
犯人が特定できていて、証拠も存在し、アリバイがない。
事件としては成立しているし、筋が通っているように見える。
でも、それで親族が納得できるほど、人間出来てはいない。
今やあちこちで噂や誹謗中傷をされるからか、家にもほとんど帰っていないと言う。
そんな翠花さんを見つける事こそが、今回の依頼。
でも、多分それだけじゃいけない。
その「中学生雑居ビル事件」の真相を明らかにしなくては、誹謗中傷や噂話は止まらないだろう。
翠花さんを見つけたとしても、その事を止めなくてはまた翠花さんが同じ目に遭ってしまう。
話を聞いたときの僕は自分が貶められた時よりも怒りに満ちた表情をしていただろう。
胸糞の悪い、嫌な話だ。
「もうどうしたら良いのかわからなくて……瀬凪くんに頼るしか無いんです……!お願いします……!」
「もちろん!僕なんかで良ければ解決させて下さい!」
………そう、その場で啖呵を切って申し出たのは良いものの、どう解決するかが重要である。
何せ店長には内緒で、なんて頼まれてしまったから、この依頼は僕1人で解決しなければいけない。
この事件は、警察や探偵には相談出来ない。
警察も、探偵も(多分望命くんはそんな風に捉えたりしないだろうけれど)、翠花さんを必ず「加害者」として見るだろう。
そんな人達に協力は仰げない。
コルリスの相談員として、ヒーロー見習いとして、困っているお客さんを見捨ててはならない。
この依頼は僕が必ず解決して見せなければならない。
そのために今日は、少し準備をしてきた。
「店長、明日1日だけおやすみを貰えませんか?カフェの方と、相談所の方、どちらも」
「?全然いいけど急にどうしたんだい?瀬凪くんがやすみなんて珍しいね」
「あ……えっと、望命くん達と少し、最近この辺りにできたカフェの視察に行ってこようかなって。僕一人だけじゃ怪しまれますし、望命くんたちにも頼んだんですけど良いですか?」
「あぁ、もちろんだよ。それじゃあ、明日の瀬凪くんのシフトは変更しておくね」
「お願いします」
僕が外着から私服に着替え終えた頃、バックヤードに入ってきたのは勿論店長。
やっと休憩に来たみたいでほっと安心する。
とは言え、店長に一切悟られずに依頼を解決なんてした事がないものだから、話す時に少しばかりカタコトになってしまう。
店長にそう申出てた僕は、なるべく変な表情にならぬように、いつもの表情を保つために必死だったものだから、店長の顔が見れない。
最近この辺りに新しいカフェが出来たことは事実である。
まだ行ったことがないというのも事実。
だが、明日望命くん達と一緒にそのカフェに行く約束をしている、というのは真っ赤な嘘だ。
僕は明日、早速姿を消したという翠花さんを探すため、亜蘭さんと一緒に捜索に出る。
そのためにコルリスを休む口実が欲しかったので、事前に望命くんたちに用事で……、と口裏を合わせて貰うようにも頼んであるのだ。
事情はどうであれ、一人の未成年者がずっと姿を見せないとなると、やはり心配になるらしい。
どうすれば翠花さんを見つけられるのかとかはあまり考えていないが善は急げ。
翠花さんがもし、今回の件で自殺や人殺しを考えているのだとすればそれはヒーロー見習いとして絶対に留めなければならない。
この依頼は、僕が絶対に解決してみせるんだ、店長に頼らずとも。