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「瀬凪くん!」
無邪気な男の子の声が僕の名を呼ぶ。
「あのねっ、僕探偵になれたよ!
プレベントの試験に合格したんだ!」
そう言って、プレベントから貰ったと言う合格証書と事務所名が書かれたサイレントバッジを人懐っこい笑顔で僕に見せてくる。
「流石望命くんだね」、と僕も彼に言葉を返した。
「これからは眞人や冬李さんと一緒にいろんな事件を解決して、名探偵になって見せるんだ〜!
でね、いつか眞人と―――」
そこで意識が途絶えた。
いや、逆だ。
目覚めたと言った方が良い。
これは昨夜、僕が見た夢のお話なのだから。
夢の話しと言っても、この会話は昔、実際に僕と望命くんの間で繰り広げられていた物なのだから、昔の思い出がそっくりそのまま僕の夢の中に出てきた、と言ったほうが正しい。
とても温かくて、優しくて、幸せな空気に包まれた夢だった。
だからこそ、この時の事を思い出すと今でも僕は少し泣きたくなる。
あれが彼の、僕らの正しい形だったと思うから。
「調査」の探偵・胡琶望命の、本来あるべき姿だったのだと思ってしまうから―――。
「……なくん。瀬凪くん。瀬凪くん!」
店長の珍しく張り上げた声に、僕は我に返った。
「!店長……どうかしましたか?」
横にいた店長に顔を向けると同時に、手に冷たい感触を感じた。
「水、出しっぱなしだよ」
「え、あぁっ!」
店長が僕の目の前にある蛇口に指を指して教えてくれるまで、僕は気が付かなかった。
慌てて蛇口に手をかけて水を止めると、店長が心配そうに僕の顔を覗く。
「大丈夫?昨日、あまり寝れて無いんじゃない?
ここは私が代わるから、瀬凪くんはバックヤードで少し休んで来たら?」
「……いえ、大丈夫です」
僕は小さくそう応えて、皿洗いを再開させた。
店長の言う通りだ。
昨日はあまり眠れなかった。
あの夢の所為、という訳ではないが、まぁ関係はある。
いつからか出来てしまった、僕と望命くんの間にある大きな溝。
まだ望命くんがプレベントに入所した当時は、そんな溝存在しなかった。
だが、彼が探偵として成長していくに連れて、その溝はどんどんどんどん深まって行ってしまう。
それと同時に、彼は本来の姿も見せなくなってくるのだ。
あの頃の無邪気な瞳を持つ少年は、もういない。
シンクに乱雑に置かれた皿を一つ一つ丁寧に洗って、シンクの隣にある乾燥機に入れると、コルリスの扉についている鈴が音を鳴らした。




