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基本的に、自分の〝半径1メートル以内〟の物事でしか人間は世界を理解できない。
自分の周囲にあるものは「ある」し、ないものは「ない」。
子どもを愛さない親に出会ったことがなければ、「そんな親は存在しない」。
逆に、誰かに愛されたことがあれば、「人は誰かを愛せる」と信じることができる。
人は、他人の痛みを完全に理解することができない。
どれだけ似たような経験をしていようと、全く同じ感情を知ることはできない。
そこに悪意がなくても、望命くんが向けた純度100%の優しさは、時に鋭い刃へと姿を変える。
「でも、違ったな。胡琶も辛かったんだよ」
「望命くんはお父さん亡くしてるもんね」
望命くんは幼い頃に父親を亡くしている。
母親に虐待された挙げ句、両親を亡くした眞人くんか、何不自由ない暮らしをさせてもらっていた所に急に父親を亡くした望命くんか、どちらの方が救いがあったのだろうと今でも考えてしまう。
眞人くんが望命くんの過去を知ったのは教室で今度行われる授業参観について話していた時。
僕もその時は彼らと同じ小学校に通っていたし、同じクラスでもあったからその会話を耳にしていた。
掃除の時間、クラスメートのやんちゃな男の子が望命くんに授業参観は母親か父親かどちらが来るのか、と聞いたことが始まりだった。
望命くんは顔をしかめ、悩んでから「僕の家は母さんと叔父さんしかいないけど、母さんは忙しいみたいだし誰も来ないと思う」と苦笑しながら答えた。
その後のやんちゃな男の子の顔は見ものだっ。
異物でも見たように顔を引きつり、望命くんから去っていく。
眞人くんからこの話しを聞くまで確信は得られなかったが、うん、間違いない。
この時からだ。
2人の関係が変わり始めたのは―――。
「その日もいつも通り、あいつは追い掛けてきた。
やめろって、何度も暴言を吐き捨てても俺の手を握って来て……。
だから俺聞いたんだよ」
「何でお前は人に優しく出来るんだ」
過去が原因で〝人その者〟を信じられなくなった眞人くんと、過去に何があろうと、〝優しさ〟を絶やさない望命くん。
眞人くんにそう聞かれた望命くんはう〜ん、と唸る素振りを見せた後、にこりと笑ってこう応えたそうだ。
「人にした事は自分に返ってくるから、人に優しくすればね、優しくした人も、自分も幸せになれるんだ。
そうなれば、もうこの世で苦しむ人がいなくなるでしょ?」
自身の母親に教えてもらったのか、望命くんの元々の持論なのかは定かではないが、大人になってしまった今でも、望命くんの根本にある物はこれと言って変わらない。
この持論を成立させるのに適した役職が、犯罪都市では探偵だったと言うだけの話し。
それに、〝もうこの世で苦しむ人がいなくなる〟何て言えるのはそういう人を見てきた子だけ。
人それぞれ価値観や感じ方、考え方はまるで違う。
この犯罪都市で、〝人と言うもの〟を信じられなくなった眞人くんと、信じていきたいと思い続ける望命くん。
どちらが正解なのか、間違いなのか。
その答えを確かめる必要はない。
いつだって必要なのは答えではなく、自分の主張を持つことなのだから―――。
―――『優しさの刃』終幕―――




