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―――「望命くんと出会った時、どうだったの?」
ふと気になって何年か前のとある日、眞人くんにそんな事を聞いた。
眞人くんの家庭環境は一度聞いただけでも心の底からぐちゃぐちゃと精神を抉られる程壮絶だ。
本当に僕と同じ人間が経験した出来事なのか考えさせられる。
母親は不倫をして家を空け、帰ってきてもつらく当たる夫とは別れられず、息子に依存し、虐待することでそのストレスを発散する。
果てしない闇と嫌な匂いが充満した、その家で。
機嫌がいいと甲高い声で眞人くんを褒めちぎり、気に入らないことがあると無言で沈み、怒鳴る。そして夫によって起こる感情の起伏のすべてを、子どもに処理させるのだ。
そして、そんな両親は14年前、僕らが1歳になった年に起こった火事で二人とも亡くなってしまった。
警察が念入りにその火事を捜査した結果、最終的に何者かによる放火だと結論付けられた。
「胡琶と出会った時、かぁ……。
あの時は、俺も捻くれてたからな。
胡琶何かに俺の辛さが理解出来てたまるもんかって。
ずーっと俺を追いかけてくる胡琶を心の底から嫌ってた」
望命くんが眞人くんを追いかけていたのも、多分ただただ仲良くなりたかっただけなんだ。
今でこそ大人になってしまった二人だが、望命くんは昔から誰に対しても〝純度100%の優しさ〟を向けている。
だって、昔の望命くんはこの世に「悪意」が存在する事を知らなかったから。
優しい両親と甥バカな叔父のもとで、優しさしか知らないその世界の中で生きてきた望命くんにとって、その〝優しさ〟を他人にも向けることこそが彼の正義だったのだ。
―――そう、悪意はない。
ないからこそ、眞人くんの深い場所にある傷を知らず、理解する事も無く、自分の優しさ〝だけ〟を向けてくる。
まるで、傷に塩や砂糖を塗りたくる様に―――。
望命くん達の見ている世界には、眞人くんが知っているような「絶望」は存在しない。
だから本気で「どうにかなる」と思っていて、それを罪悪感なく伝えてくるのだ。
眞人くんも、ここで望命くんが向けて来た物が悪意の塊と呼べる石ならまだ耐えられただろう。
だが、向けられたのは後ろから刺された銀色に輝く刃だった。
優しさと言う名のね。
「人はみんな優しいから」
「話せばきっと、わかり合えるから」
「親は絶対に子どもを愛してるから」
――彼の中では〝そう〟なのだ。




