〈file7〉
池浦さんが僕を産んだ時、彼女の精神状態はあまりにも不安定だった様で、僕を育てる事さえも拒んでいたらしい。
そんな彼女は店長に離婚届と親権を突き付けて別れて欲しいとせがんで来たようで。
店長も、そんな彼女の元で僕を育てることは厳しいと判断し、その離婚届に判を押した。
僕にその過去を伝えなかった理由は、親の夫婦喧嘩に子供である僕を巻き込みたくなかったと言う物だった。
「……こんなにすぐ、会わせるつもりは無かったんだ。
瀬凪くんが大人になってから、成人して心も強くなってからのつもりだった」
「だから、彼にカフェ従業員としてコルリスで働かせていたんですね。
いつか彼が成人した時に、強くなったその時に、池浦さんがこのアナグラムに気付いて会いに来てくれるように」
「……瀬凪くんが成長すれば、それだけの時間、沙蘭を一人にしてしまうことは分かっていた。
でも、瀬凪くんを放っては置けなかったんだ。
―――彼は、僕と愛する人の宝物だからね」
そう言って僕をまっすぐ見据えた店長の目は、不安に満ちていたが、何処か吹っ切れた様な目もしていた。
今まで僕に何も見せず、隠してきた店長が、今は望命くんの言葉に頷き、僕にこれまでの話をしてくれる。
それだけで僕は救われたような気がした。
今まで隠されていた事を全て話してもらえたからと言うのもあるかもしれないが、知らなかった店長の事を知れたと言う所が大きいだろう。
そんな店長は僕を瀬凪と呼んでくれているのに対し望命くんは、未だに僕の事を彼、君、と呼ぶ。
どうして名前で呼んでくれないのだろうか。
そんな彼の心情を、この後、僕は知る事になる。
彼の中での葛藤も、決断も、全て―――。




