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「―――どうして、瀬凪くんの苗字が〝池浦〟じゃなく〝榮倉〟なのかって事だよ」
「?謎でも何でも無くない?ただの苗字じゃん。
店長が適当に付けたんでしょ?」
「まぁ、池浦さんに探されない為って言うのはあったと思うけど、この世に〝池浦〟何て苗字の人は沢山いる。
それに、池浦が駄目なら別に店長の苗字でも良かったと思うけど?」
「……確かに!」
陰で僕を心配してくれていた望命くんが、僕の横に並んでそう言った。
望命くんが僕の事を君と呼んだ。
どうしてかは僕にはわからないけれど、彼なりに色々と考えてくれているのだろう。
確かにと応えた後、望命くんの言葉に店長の名前も苗字も知らないけど、とツッコミを入れるとそこは良いの、と眞人くんと2人で苦笑されてしまった。
先程自販機で望命くんが榮倉と池浦を繰り返していた事もこれに関係があるのかも知れない。
女も店長もだんまりを貫いている事に望命くんは一つ、溜め息を零してから店長に俺から彼に解いてもいいんですか、と尋ねた。
店長はそれにも答える素振りを見せず、黙ったままだったので、望命くんがもう一度口を開いた。
「アナグラムだよ」
「「アナグラム?」」
「榮倉と池浦をローマ字に置き換えて見ればわかる、簡単なね。
eikuraを並び替えるとikeuraになるはずだよ」
「……ほんまや、てことは店長は……」
「そう、捨てに捨てきれなかったんですよね。
離婚しても好きな人の苗字だけは」
そう望命くんが店長に問うと、彼はポツリポツリと語りだした。
この女、基池浦沙蘭さんが僕を産んだ時のことを。




